ニャンニャン裏通り・出前版(4)
松岡祥男
(1)
猫 「快傑ハリマオ」3号の根石さんの道中記は、おもしろかったな。冒険へ誘うソニーの馬鹿ナビによる恐怖の和歌山の山越えや、「女房は仙
人ではないかもしれないが、浮き世離れが突拍子もない。天からパンが降ってくると思っている。天から降ってきたパンがお店に並んでいるのだと思っている。
それを買うお金も天から降ってくると思っている。知識としては、パンはパン屋が作るのだと知っている。だけど、知っているだけだ。本当は天から降ってくる
と思っている。」なんて、書いてるからな。
松 〈ポエジー〉だよね、これは。詩として書かれたものにポエジーは無くて、そうじゃないところに、ポエジーがあることが多いね。
猫 しかし、よくこんなことを書けるな、だいじょうぶなんだろうか。古いけど吉田秋生の『ハナコ月記』でいけば、たちまち「もうご飯作ってあげな
い!」とか、「当分、口は利かない!」と宣告されて、実力行使に直面するような気がする。わしなんか、こんなこと、思っていても、恐ろしくて云えないし、
まして、書くことなんか、間違ってもできないぜ。
松 こんなこと云っただけで、「わたくしはそんなに厳しくありませんわ。そうでなかったら、あなたなんかと一緒にいるわけありませんわ」なんて、
云われかねないね。だから、根石さんのは、笑いながら読んで基本的にご馳走様でいいんじゃないか。だって、山越えでも、「ヘッドライトに浮かび上がるの
は、太い杉の幹だけだ。こわいね、こわいねと女房が言う。この女は人の平常心を失わせることは平気である」と言っても、そのあとには「こわいね、こわいね
と女房はもう言わないが、こわいね、こわいねと今度は俺が思ってしまう」と受けているからね。これはフォローというより、ひとりでに〈相聞〉になっている
からね。結局、それだけ仲が良いってことだ。浮き世離れの話だって、根石せいさんは、香長平野のほぼ真ん中の日章生まれの、お医者のお嬢さんだよ。そのう
え路面電車の現在の東の終着駅の後免駅から、高知でいちばん優秀とされる中学校に通っていたというんだから、千曲川の魚と戯れていた吉久さんとは、それは
違うよ。
猫 そこはこうだな、
「荒野のイエス」
さて、イエスは
御霊によって荒野に導かれた。
悪魔にテストされる為である。
そして40日40夜、断食をし、
そののち空腹になられた。
そこは不毛の岩山である。
食うものは何もない。
すると試みる者がきて言った。
「もしあなたが神の子であるなら
これらの石がパンになるように命じてごらんなさい」
イエスは答えて言われた。
「人はパンのみにて
生くるにあらず」
(川原泉『笑う大天使(ミカエル)』からの引用。原作では「パン」は「アジのひらき」になっている)
そして、イエスみたいに「サタンよ、退け!」と云わずに、せいさんは「パンはとうちゃんから降ってくる」といえばいいんだ。
松 まあ、下手なことを云うと、藪蛇ってこともあるね。
猫 夫婦の仲って、微妙なところがあるな、たしかに。一般的に、妻なら妻がじぶんの親兄弟の悪口を云うだろう、うっかり、それにつられて悪口を
言ったりしたら、もう大変、気を悪くすること請け合いだ。じぶんが身内のことを言う分にはいいが、他人が言うと不愉快なんだ。そういう時は「おまえはそう
言うけど、良い所もあるよ」といって置くのが無難ってことだ。高知の路面電車は「土電(とでん)」(土佐電気鉄道の略)と呼ばれているんだが、昔は東は安
芸市まで通じていた。小学校の春の遠足が、その途中の芸西村の住吉海岸が定番になっていて、その時に乗ったな。しかし、国鉄の路線が作られるということ
で、後免―安芸線は廃止されたんだよな。せいさんのふるさとはこういう所だ。
高知県で平野といえば、中央部の香長平野しかない。その名は香美、長岡の両郡に流域
がまたがっていることに由来するが、物部川の下流に形成されたこの香長平野では、古く弥生時代から稲作が営まれてきたことが、遺跡によって知られている。
北は四国山脈が連なり、南は黒潮の流れる太平洋に開いていて、年平均気温は一六度と温暖で、無霜期間が三月下旬から十一月下旬まで約八か月と長く、年間
二千数百ミリと降水量にも恵まれている。そして、藩政時代から野中兼山により物部川山田堰などの灌漑水利も整備され、県の一大穀倉地帯となってきた。
その中心にある長岡郡後免町の地名は、藩政時代、香長平野の新田開発、市場町形成促進のための課役・租税免除の優遇措置の意味をもつ「御免」に由来して
いる。
(『聞き書 高知の食事』)
チンチン電車が後免まで開通したのは明治四四年。稲の二期作地帯だった。
松 おれ、七人兄弟の末っ子なんだけど、兄弟でもそれぞれのポジションによって、いろいろあるよね。おれんとこは、一番上が兄で、その次が
姉で、あとは全部男だ。長兄とは二十くらい年齢差があって、子供の時の記憶はないね。一緒に暮らしたのは、兄が家を継いでからだ。長男って独特だよね。ま
あ、親だって子供をつくるのは初めてだから、緊張するだろうし、喜びもやっぱり大きいだろうし。育てるのだって当然初体験ってことだから、それが影響しな
いはずがない。それに昔だから家の跡継ぎということになるから、そのプレッシャーもあるんだろうな。だから、一家の長としての責任みたいなものを背負って
いたような気がするな。おれの兄なんかでも、おれのアパートを探して訪ねてきたり、おれが新聞に連載を開始した時も、わざわざお祝いをもって来たからね。
おれの書くものなんかに全く関心なかっただろうに。そんな心配りは、おれにはまるっきり無いよ。おれなんか皆が集まった席では、何も言わないし、末っ子だ
から順番も廻ってこないから気楽さ。その兄が相談なしに断乎として実行したのは、墓の移設だ。村がだんだん過疎化し、寂れていくので、このままゆけば、墓
のあるところまで行けなくなると判断したんだ。それで家の近くの農道に近いところへ移した。それを事前に、みなに相談すると、反対意見や異見が出て、モメ
かねない。だから、じぶんの独断でやった。それは正しい判断だった。いま帰っても元の墓の場所は、杉林が地崩れしたり、草や木が茂って、仕分ける者がいな
かったら、到底行けないからね。裏山なんか昔の道の痕跡を見つけるのも難しい有様だ。
猫 兄弟が多いといいな。ケンカもやったけど、どこかで頼りにしているって感じで。じぶんの領分や繋がりみたいなものも、ひとりでに身につくから
な。それで人間関係の原型みたいなものを無意識的に深く修得する。これは社会へ出た時にものを言うな。一人っ子って、そういうことは体験的にわからないよ
うな気がする。親の愛を一身に受けて育つからだ。で、長男ってのも、最初はそうなんだろうが、次が生まれると、自分だけが独占していた親の情愛が分散して
しまう。そこに、兄弟間の葛藤の根があるような気がするな。それにこだわり、いつまで引きずっているものもいるんじゃないか。
松 姉というのも独特だよね。ヘーゲルだったと思うけど、姉というのは〈人類の姉〉っていう意味合いをもっていると言ってたような気がするけど。
母が亡くなって、なんとなく姉が、母の代わりって感じがしないでもないからね。この間、姉が「弟は体が弱いから」と妻に云ったとのことだ、宜しく頼みま
すって意味なんだろうけど。おれはガキの頃よく寝込んでいたし、じぶんではわからないし、親も言わなかったけど、ほんとうは小さい時に患っているんじゃな
いかとおもう。もちろん、当時は医者にかかるなんてことは、よほどの大ケガか、瀕死の病気にならなければありえないから、たぶん、そのまま放置して育った
んじゃないかな。タッチャンという飲み友達がいて、一緒に働いていた時、彼に体を揉んでもらったことがあるんだ。彼は自衛隊に入隊していた時に、整体の手
ほどきを受けていて、手慣れたものだった。彼が云うには、「松岡さんは重い病気をしていますね。凝りがあって、背骨が曲がっていますから」って言った。そ
れを聞いた時、そうなのかと思った。彼はおれと同様に落ちこぼれで、お人好しなんだけど、ゆるい感じがして、侮られていたんだけど、おれはひとの能力って
のはさまざまなんだと、じぶんの事と同時に痛切に思ったね。
猫 それで、おまえが小学校へ行くのを一年遅らしたんだ。まあ、歯槽膿漏で歯抜けのおっさんとなった、今となっちゃあ、そんなこと、どうでもいい
ことだけどな。それに、歯だって遺伝的要素が強いからな。
松 うん、おれと同じように、おやじと長兄はよくなかったね。あとの者はまだ好い方だ。兄弟でも違う。歯医者のあたり、はずれも激しいよね。けっ
こういろんな歯医者に行ったけど、あんまり良いところはなかったね。若い時だったけど、虫歯の治療してもらったんだけど、神経を取らずにかぶせたものだか
ら、寝る時に痛んで、眠れない状態になったこともある。しかし、ヤブの報いで、おれが行ったところでも、四軒くらいは潰れている。でも、ヤブによる不適切
な治療の影響ってのは、確実に残るから、つらいものがあるよ。すべてがそのせいだとは決して言わないけど。
猫 どうしようもないな。
松 おれはじぶんがこんなことをやってるのは、酒好きで世話やきの父親の影響かなと思っていたんだけど、それはどうも違った。母が年老いて、それ
までそんな話したことないのに、「太宰治は小説が上手。『女学生』というのを読んだことがある」と云った。びっくりしたよ。母から太宰治の名が出るなんて
夢にも思ったことはなかったからね。ほんとうは母のことも、父のことも、親として以外は、何も知らないんじゃないかと思ったね。おれ、本が出たら、一応皆
に渡しているんだけど、どうもいちばん熱心に読んでいたのは母だ。
猫 おまえ、こんな話、してていいのか。
松 どんな話したっていいのさ。根石さんがダメって言わないかぎりは。根石さんが誘ってくれたお蔭で、「同行衆通信」(「風のたより」も)以来、
なんの制限もなく好きなことが書けることになった。で、その時よりもいいことは、原稿段階で根石さんが目を通してくれることだ。それで脱字や間違いを指摘
してくれるから、ものすごく助かっているよ。それでも間違いはあるけどね。前に鎌倉諄誠さんのことを言ったんだけど、その中で鎌倉さんが中学を卒業して集
団就職した先を「近江綿糸」と書いた。そしたら、東京・小金井の人から便りがあって、「近江絹糸」の間違いじゃないですかと、ありがたいことに指摘してく
れたんだ。おれにとって「綿」と「絹」を間違えたのは恥だ。だいたい、「綿」とはなんのゆかりも無いけど、「絹」は家が養蚕をやっていたから、縁が深い。
毎年、母は5月頃と9月頃蚕を飼っていた、「春蚕(はるこ)」「秋蚕(あきこ)」って言ってね。大切な現金収入源だった。それで役立たずのおれも、桑を摘
んだり、蚕に桑を与えたり、糞の始末を手伝ったり、蚕が糸を吐きだし上蔟の時は、一所懸命手伝った。茅葺きの家だったんだけど、その一室の畳を上げ、蚕室
にして、蚕棚を作る。それで幼虫の時、寒いと蚕がよく育たないので、炭や練炭を焚いて部屋を温めていた。その火の番もおれらの仕事だった。ハチノスから繭
を取り出したり、繭のけばを取る作業もいよいよ最終という感じで楽しかったな。蚕やぜんまいの現金収入、米や芋や野菜を作ってなかったら、母はおれたちを
育てることはできなかったろう。
猫 その時代にくらべても、今の世の中はひどくなっているな。近所のばあさんが立ち話をしていて、それが聞こえてきたんだが、「むかし、ふつうに
働いていればなんとか食えた。でも、いまは違う」と。小泉内閣のやった「構造改革」なんかで、社会構造は破壊された。「規制緩和」の名目で特別な物以外は
どこでも売るようになった。それで安く販売されるようになって、良くなった面もあるが、小さな商店は潰れてしまった。またタバコの話になってしまうが、タ
バコは専売でタバコ屋が売っていた。それで店番のばあさんがいて、その売上が生活の足しにはなっていたはずだ。ところが、タバコは安売りをやっていないの
に、どこでも売れるようになったから、軒並みタバコ屋は廃業に追い込まれた。そうすると、もうばあさんの仕事は無いし、少しの稼ぎもなくなったんだ。それ
は生活の張りも奪っている。それは「構造改革」も必要な面はあるさ。しかし、その転換の方向性を示し、それに代わる社会基盤を整備しないといけないのに、
そんなことはやりはしない。国家財政の立て直しや企業の収益で全体的にGNPが維持されれば、問題ないと考えてるんだ。
松 しかし、もう元には戻らない。社会はゆとりを失い、殺伐としてきて、当然、凶悪犯罪や娑婆苦による自殺は増えてゆく。その責任は、第一に政治
にあるんだ。竹中平蔵なんて政治経済的犯罪者として告発されてしかるべきだよ。社会経済は頭脳ゲームじゃないんだ。こいつや小泉を筆頭にする政治屋にとっ
ては、社会のそれぞれの層における日常的現実や生活実感なんか想像の外にあって、それが考慮されることはなかったんだ。むろん、日本共産党みたいに反米と
大資本悪玉説を唱えていれば、自分たちの党派的立場は保証されると考え、それで自己満足しているのも、共犯だ。「政治とカネ」なんて言ってる場合かよ、
まったく。マッド・アマノの「風刺天国」にあったように、小沢一郎よりも竹中平蔵の国会証人喚問をやるべきさ。金のことでいえば、始めから可能性の殆ど無
い夏のオリンピックを誘致しようとして、その音頭をとり、一五〇億も無駄金を使った石原東京都知事の方が、はるかに犯罪的だよ。こいつは、いつも大統領気
取りで偉そうなことをいい旗を振るが、その責任を取ったことがないんだ。東京銀行のことでも自分が言い出しっぺのくせに、銀行幹部に赤字の責任をなすりつ
けて平気だ。だから、こいつに「将たる器」があるとは、誰も本心では思ってないさ。民主党鳩山政権も、選挙で掲げた政策マニフェストからどんどん後退して
いるけどね。
猫 そうだな。それは沖縄の基地移設問題は、アメリカとの力関係や日米安保条約もあるし、これまでの政府の交渉経緯もあるから、難しいと思うが、
在日外国人の選挙権なんか、すぐに認めて参政権を与えるべきなのに、亀井という愚物を筆頭とする国民新党の時代遅れの排外主義に屈服して見送ってしまっ
た。全くだらしないことになっているな。まあ、民主党への期待はしぼみ、社会は萎縮する一方だ。例えば、年末にはいろんな企業や商店が自社のカレンダーや
手帳を作って、得意先に配っていただろう。それで、わしらみたいなものでも、暮れには翌年用のカレンダーや手帳を手に入れることができた。ところが、近年
はそんなものは余計な経費とみなして削り、どんどん姿を消している。ケチ臭い世の中になり、仕事は減り、金が循環しないから、社会はますます貧血化してゆ
くんだ。じぶんたちでじぶんたちの首を絞めるように。ところで、浅川マキが死んだな。
松 おれ、ファンだった。七〇年代にはよく聞いた。アルバムも『浅川マキの世界』『浅川マキU』『MAKI LIVE』『灯ともし頃』『流れを渡
る』はいまも持っている。もっともレコード・プレーヤーが壊れてからは聴いていないけどね。もう十年以上になるはずだ。
猫 さまにならねえな、聴くのがいちばんの追悼だというのに。
松 仕方ないよ、CD、買おうと思ったけど、無かったからね。「夜があけたら」や「少年」、ロッド・スチュワードの曲をカバーした「オールド・レ
インコート」やディヴ・グルースィンの「ガソリン・アレイ」とか好きだね。
夕暮れの風が ほほをなぜる
いつも店に行くのさ
仲のいい友達も 少しは出来て
そう捨てたもんじゃない
(「少年」)
凍りつくような風が 足許を吹き抜けて行くけど
ウェザー・コートは少しぼろでも
とにかく汽車に乗ろう
今 すぐ ここを発つのさ おいらは決めたのさ
ガソリン・アレイの細い路地に
ミルク配達の奴が
やって来る夜明け前までに おいらは着く筈さ
(「ガソリン・アレイ」)
おまえはかつて荒れ狂う河の
激流に身ぶるいしただろうか
そそぐように降る雨の中
旅をした事が あっただろうか
旅をした事が あっただろうか
おまえはおいらのような男と
連れだって雪の積った墓場を
見た事があっただろうか
そうさ 人生 甘くはないさ
そうさ 人生 甘くはないさ
だけどおいらは ここ迄来たのさ
古いレインコート肩に
どんな時でもこれさえあれば
何も怖れる事はないさ
何も怖れる事はないさ
(「オールド・レインコート」)
繰り返し聞いているから口ずさむことができる。おれ、カラオケ、全然駄目なんだけど、人前じゃなくて、酔っぱらって自転車で歌いながら走るのはいいな。
あと、バイクでぶっ飛ばす時は自然と歌が出るよ。ライブにも、おれとしてはいちばん行ったとおもう。高知で「徹夜コンサート」があった時も行ったよ。
猫 高知大学の全共闘のメンバーが、大学の学園祭の際に、ロックやフォークのコンサートを企画してやった、三上寛のライブだとか。そのグループは
卒業後、リクルートの創業者の江副みたいに、そのままそれを仕事とするようになったんだ。それで、既成の歌謡関係は、もとよりそういう筋の興行会社が仕
切っているので、手がけることはできない。だから、アングラ系のミュージシャンのコンサートをメインにすえて、イヴェント稼業を始めた。その関係で浅川マ
キやURC系のコンサートが高知でよくあったんだ。まあ、いまでは、その業界の四国NO1というところになっているけどな。
松 その意味ではラッキーだったね。そうじゃなかったら、浅川マキのライブを聴く機会なんか、ほとんどなかっただろうから。それで、なにがいちば
ん好きなアルバムかといえば、やっぱり1971年12月30日・31日の「浅川マキin新宿紀伊国屋ホール」のライブを収録した『MAKI LIVE』
だ。寺山修司が作詞を手がけてるし、その影響が強いね。寺山修司は同郷の太宰治をほんとうによく咀嚼し消化したうえで、じぶんの世界を構築している。あの
当時のさまざまなジャンルの交錯するなかで生れたものも多くあるね。おれ、真崎守のマンガって全然いいとは思わないけど、その真崎守の「死春記」を浅川マ
キは歌にした。そうすると、独自の作品になったからね。
猫 その典型は、あがた森魚の「赤色エレジー」だ。あの林静一の名作をみごとな歌にした。浅川マキは結局「朝日楼」(「朝日のあたる家」)みたい
なところだろうな。ただ、中島みゆきが出てきた時、あまり心動かされなかったのは、浅川マキに親しんでいたからだ。
(2)
松 宿沢あぐりさんが、朝日新聞出版が刊行した、吉本隆明『老いの超え方』の一部を削除することになったと、自社のPR誌で「告知」してい
ると知らせてくれた。それで、おれも、その「告知」の掲載された『一冊の本』(2010年1月号)という冊子を入手した。
弊社で刊行しました吉本隆明著「老いの超え方」の文中に差別につながる不適切な表現
がありました。
単行本(2006年5月刊)174ページから175ページ、文庫本(2009年8月刊)199ページから200ページの「――楽しい知識ですか…」から
「関心を持ちますね。」までを削除します。文庫本は、該当部分を削除した新装版を出版します。
朝日新聞出版
これがその全文だ。これは、じぶんの来し方からして、黙ってやり過ごすわけにはいかない。そこで、宿沢さんのファックスを受けて、次の一文を書いた。
ファックス、受け取りました。ご連絡ありがとうございます。
どういう経緯でこういうことになったのかわかりませんが、わたしはその経緯を追及する気はありません。
しかし、吉本さんの思想と文筆のモチーフを考えればあり得ないことと思います。それは「情況への発言」(『「情況への発言」全集成』全3巻・洋泉社新書
MC)ひとつをたどっても、この出版社の処置が不当であることは明瞭だと思います。(また、わたしは『「情況への発言」全集成2』の解説で、この削除部分
に関連する事柄について、じぶんの見解をのべています。)
わたしは、あらゆる思想とその表現は自由だと考えています。また、その思想や表現に対する批判も反批判も自由です。それが言論に関する〈原則〉だと思っ
ています。つまり、個人が何を考えようと、何を言おうと、また、どんなことを表現しようと、勝手(恣意的)です。それを抑圧するものは、すべて弾圧と統制
の〈支配〉につながっていると断じることに、なんの躊躇も覚えません。
部落解放同盟は近年、「部落解放」から「人権擁護」へ、方針を転換しました。しかし、その内実はほとんど変わっていません。相変わらず、「差別」的表現
の摘発や「言葉」狩りをやっています。それが個々別々に責任をもって批判を行使するのなら、おおいにやっていいと思います。しかし、彼らは組織的に圧力を
かけ集団的に糾弾することを止めません。どんな場合でも、共同的に個人やその表現を攻撃することは、集団リンチであり、人権抑圧であり、組織的暴力の以外
ではありません。それの究極のかたちが旧ソビエトの収容所群島です。「人権擁護」を標榜する運動組織が、実際は言論統制や表現の自由の制約を実践している
ことになります。この錯誤は歴史のアイロニーというしかありません。そこにどんな「社会的な倫理」を密輸入しようと、それは主観性を共同性にすりかえる欺
瞞であり、それが正当化されることはないものと考えます。そんな悲劇や倒錯が、痛切に繰り返されてきたのが〈歴史的現実〉だとしてもです。
人間の〈ほんとうの自由〉を目指すことが本質的な思想の姿であり、わたしたちが文芸みたいなものを求めるのは、人間の〈無限の可能性〉を希求するからで
はないでしょうか。
(「猫々だより」第89号)
これが、おれの基本的な考えだ。
猫 その後、長岡義幸「吉本隆明氏の著書に差別表現との抗議が」という記事が、月刊雑誌『創』2010年3月号に掲載されたな。
松 うん、それを読んで、おれとしては、もっと言っておくべきだと思ったんだ。
猫 まあ、急ぐな。削除の経緯の大筋は長岡の文章で判ったが、まず、削除部分をきちんと掲げるべきだ。
――楽しい知識ですか。
吉本 楽しい知識か、引っ掛かる知識かですね(笑)。今も特殊部落問題というのがあるでしょう、うかうかと話題にしていいかげんなことを言うと引っ掛かっ
てしまいますが、僕は引っ掛かったこともあります。今はほとんどそういうことはありませんが、日常的に何となく違うグループを作っているみたいにやってい
た。差別されていると言いますか、でも大金持ちやえらい人もたくさんいます。そういうのをいいかげんに言うと怒られてしまう。僕は、映画の座談会みたいな
のをやっていて、「映画というのはちょっと特殊部落だからな」と言ったら、「吉本はこういうふうに言った」みたいに、九州のほうのあの人たちの新聞にでか
でかと出て、驚いたことがあります。
山窩の人は別にそういうことはありませんが、三角寛の研究は正確かどうか。例えば、反正天皇というのがいて、履中・反正と覚えていますが、その前が仁徳
天皇です。その反正天皇というのは、山窩の人たちにマムシ天皇と呼ばれていて、マムシは農家に害をなすので捕れという命を下したと言われています。そうい
うのが面白くて分からない、確定的なことがないということに関心を持ちますね。
(吉本隆明『老いの超え方』)
松 まず最初に、この発言のどこが「差別につながる不適切な表現」なんだ。それをはっきり指摘したうえで、自社の見解を公表して「削除」す
ることに決定したと「告知」しなければならないはずだ。それをしないかぎり「告知」自体が意味をなさない。また「削除」という処置も是認されるはずがない
んだ。ところが、具体的なことは一言も書かれていない。ふざけるんじゃねえ。こんなやり方が罷り通っていること自体が、〈言論の頽廃〉だ。削除の理由を明
示せずに、こんな処置に及ぶことは、読者に対する愚弄であり、人倫に対する冒瀆だといっていい。
猫 そう急くなって。長岡義幸の一文は、予想していたよりもましだった。もちろん、問題の核心は回避しているし、無難なところでまとめて、判断停
止しているがな。でも、意図的な曲解やデマゴギーまがいの印象づけをやっているところはないぜ。その意味では、この手の記事としては、そんなに悪くないと
思ったな。それから、この『老いの超え方』という本自体、「老い」ということをメイン・テーマにしたものだ。そこでいえば、この部分ってのは、話題のひと
つで、どうしても必要ってものじゃない。だから、著者(吉本隆明)は、バカな連中の版元や図書館への抗議や組織的な圧力を受けて、「良識」の仮面をかぶっ
た事勿れ主義の版元から、その対応の打診をうけて、今回の処理を容認したのかもしれない。著者は八五歳の高齢で、糖尿病の持病があり、目は殆ど見えない
し、日々の立ち振る舞いも不自由しているから、こんな煩雑で、不毛なやりとりに関わる体力はないとおもう。(だから、勝手にしろということにしたんじゃな
いかな。わしはそう推測するな)。だけど、そんなことを考慮しろとは言わない。じぶんは、ほんとうはそういうことが、なによりも〈大切〉だと思っていて
も、だ。事態はあくまでも客観的なことだ。経験的に言っても、いかれたイデオロギー患者や「人権運動」かぶれの狂信者には、何を言っても通用しないぜ。他
人の話を聞きはしないし、相手の言うことを理解する気は毛頭ないから、なにひとつとして、まっとうに通じはしないんだ。先験的に自分たちは正しく、相手は
悪だと思い込んでいるんだからな。ほとんど病気だ。こんなの相手にしても、底なしの消耗があるだけだ。
松 そうかもしれないけど、部落解放同盟(それに追従する連中)の抗議と、朝日新聞出版の対応は批判されてしかるべきだ。そもそも、言葉に「差別
語」なんてものはない。人間の意識と無意識の表出のひとつが言語なんだ。その言語はソシュールが言うように、もともと示差的なものだ。ソシュールは言って
いる。
語もまた何か相似ざる物、即ち観念と交換されることができ、その上、何か同じ性質の
物、即ち他の語と比較されることができる。それゆえ語の価値は、それがなにがしかの概念と「交換」されうること、いひかへればなにがしかの意義をもつこと
を認証しただけでは、定まるものではない。なほ進んでそれを相似た価値と、即ちそれと対立するやうな他の語と比較しなくてはならぬ。それの内容は、それの
外にあるものとの協力によつてのみ真に決定される。体系の一部をなすとき、それは只に意義をつけるのみならず、又とりわけ価値を具へる。
(ソシュール『言語学原論』)
簡単にいえば、言葉はすべて〈差別的な性質〉をもつということだ。そうでなければ、語と語との差異が発生しないし、概念も構成されないから、言語そのも
のが成立しない。これはマルクスの『資本論』の(交換)価値論の示唆をうけて、言語の発生に迫ったものだと言われている。そして、その言語の表現は、自己
表出性と指示表出性をもち、それはわかりやすくいえば、自己表出(感動詞・たとえば「オギャー」という産声のような)から指示表出(名詞・たとえば「亡
骸」というような)までの表出構造をなし、その自己表出と指示表出がまじわる表現の意識の相乗空間が、時間の流れにそって変化してゆくインテグレーション
によって、言語表現の価値は確定されるというところまでは、それこそ吉本隆明が解明したことだ。だから、〈言語の本質〉からいえば、最初から「差別につな
がる」言葉なんてものは無い。初手から誤っているのは、部落解放同盟(とその賛同者)や朝日新聞出版の方だ。
猫 連中がむきになっている「特殊部落」という言葉だってな、明治維新によって成立した薩長を主体とする明治政府が、士農工商の身分制を廃止し、
平等とした。そこから、いわゆる近代の文明開化が始まったといえる。しかし、いわゆる「エタ」「非人」は除外した。まず、その差別的な封建遺制を温存させ
た明治政府の政策自体が、「部落差別」の近代的な差別の制度的根拠なんだ。だから部落解放運動は、そういう意味では、日本の政治権力の批判を第一にするし
かない。それで、当初は「新平民」とか言っていたらしいのを「特殊部落」と言い換えるようになったとのことだ。その後「同和地区」だとか、「被差別部落」
だとか、いろいろ言われているが、その時代と時期における社会的命名や呼称の間に、本質的な差異なんかあるはずがない。また、実際の差別の所在を呼称(指
示言語)などにもとめるなんて、本末転倒もいいところだ。時の官憲(権力)がその用語を流布するようにしたから、その言葉は「差別的」だなんて理屈が通る
ものか。もともと、そんな問題じゃないんだ。部落解放同盟が「特殊部落」という言葉を、共同主観的に「差別的な用語」と指定し、それの摘発を運動の手段に
すると、なんの考えもなく、それを鵜呑みにして、それに追従し、その語彙が使われていると「差別的な表現」とみなすようになった。愚劣の極みだ。そんな
の、部落解放同盟だろうと、明治政府だろうと同じじゃないか。それで、その字句に対して、岡ぴき下ぴきを演じるやつらがごまんといるんだ。『老いの超え
方』でいえば、2006年5月に刊行されたものを3年後に問題視するところにも、それは現われているぜ。わしは無知な偏見に囚われた者をそんなに批判する
気はしない。じぶんも愚かで無知だからな。しかし、無知な独断を、運動方針として振り回す組織は断固否定されるべきだとおもう。
松 おれはここで、じぶんの立場をはっきり表明しておくよ。おれは若い時、部落解放運動に関わりを持っていた。一緒に闘って、警察に逮捕されたこ
ともある。その関係もあって、高知県の部落解放運動の実体について、ある程度分かっている。そして、その中で知り合った人たちもいるよ。おれは初めから
「部落」に対して、差別も偏見も持っていないつもりさ。また職場の同僚として、同じ釜の飯を食ってきた。そして、ふつうにつきあってきた。だから、おれは
「部落」なんてものは一日も早く消滅することを願っているし、また「部落差別」が不当であると心底思っている。そこでのシンパシイは失ったことはない。そ
れと、部落解放同盟という組織がやっていることや言っていることに、賛同するかどうかは別のことだ。それはじぶんが労働者で、資本主義社会の階級的な支配
に対して批判的な立場をとり、それをモチーフとしていても、労働運動や労働組合の連合組織を支持するかどうかは別問題なのと同じだ。おれが今、こういうふ
うに部落解放同盟を批判しても、つきあいのあった人たちは、おれが反差別の意志を放棄したとは決して思わないはずだ。組織の幹部連中とふつうの地区住民と
の乖離や断絶は激しいし、完全に分離している面もある。それも労働組合で活動しているメンバーと、ふつうの労働者の思いとが違うのと同じさ。
猫 それはそうだ。ところで、おまえが「猫々だより」に書いたことは、個人主義的な感じがするぜ。おまえも、社会的な差別が現に存在することは、
前提として認識しているはずだ。資本家と労働者との階級分裂や、労働者の内部でも正社員と派遣社員の格差が動かし難くリードしていることもな。また、この
社会で「表現の自由」なんてものが実現されたことは一度も無いという現実も、骨身に沁みて知っているはずだ。そこでいえば、おまえの発言は、表面的な感じ
がしたな。
松 補足するとすれば、おれの発言の基底になっていることを言えばいいだけのことさ。
原理的にだけいえば、ある個体の自己幻想は、その個体が生活している社会の共同幻想
にたいして〈逆立〉するはずである。しかしこの〈逆立〉の形式は、けっしてあらわな眼にみえる形であらわれるとかぎっていない。むしろある個体にとって共
同幻想は、自己幻想に〈同調〉するものにみえる。またべつの個体にとって共同幻想は〈欠如〉として了解されたりする。またべつの個体にとっては、共同幻想
は〈虚偽〉としても感じられる。
ここで〈共同幻想〉というのはどんなけれん味も含んでいない。だから〈共同幻想〉をひとびとが、現代的に社会主義的な〈国家〉と解しても、資本主義的な
〈国家〉と解しても、反体制的な組織の共同体と解しても、小さなサークルの共同性と解してもまったく自由であり、自己幻想にたいして共同幻想が〈逆立〉す
るという原理はかわらない。またこの〈逆立〉がさまざまなかたちであらわれるのもかわらないのである。
ここでもうすこしつきつめてみる。ほんとうは〈逆立〉するはずの個体の自己幻想と、共同社会の共同幻想の関係が〈同調〉するみたいな仮象であらわれたと
する。
すぐわかるように、個体の自己幻想に社会の共同幻想が〈同調〉として感ぜられるためには、共同幻想が自己幻想にさきだった先験性だということが、自己幻
想のなかで信じられていなければならない。いいかえれば、かれは、じぶんが共同幻想から直接うみだされたものだと信じていなければならない。けれどこれは
はっきりと矛盾である。かれの〈生誕〉に直接あずかっているのは〈父〉と〈母〉である。そしてかれの自己幻想の形成に第一次的にあずかっているのは、少な
くとも成年までは〈父〉と〈母〉との対幻想の共同性(家族)である。またかれの自己幻想なくして、かれにとって共同幻想は存在しえない。だが極限のかたち
での恒常民と極限のかたちでの世襲君主を想定すれば、かれの自己幻想は共同幻想と〈同調〉している仮象をもてるはずである。民俗的な幻想行為であるあらゆ
る祭儀が、支配者の規範力の賦活行為を意味する祭儀になぞらえられるとすればそのためである。
ところで、現実に生活している個人は、大なり小なり自己幻想と共同幻想の矛盾として存在している。ある個体の自己幻想にとって共同幻想が〈欠如〉や〈虚
偽〉として感じられるとすれば、その〈欠如〉や〈虚偽〉は〈逆立〉へむかう過程の構造をさしている。だから本質的には〈逆立〉の仮象以外のものではない。
(吉本隆明『共同幻想論』「祭儀論」)
この思想的原理は「部落問題」をも貫徹する。未開の原始段階の共同体の内部矛盾を疎外するかたちで、差別的な排除が発生し、それがトーテム(信仰)の分
岐となり、さらに種族間の対立や忌避などへ発展したものだとすれば、その差別は、もっとも婚姻による縁戚関係のうえに顕著に露呈するといえるだろう。ま
た、それが宗教的習俗的に継承・存続してきたものだとしても、人間の類的存在性と個の実存との関係は、ここで吉本隆明が展開しているように〈逆立〉するも
のだ。つまり「部落」という共同幻想が、歴史的現実や地域的日常を強力に支配していたとしても、そこにたまたま生まれた個(何某)の存在とは、逆立ちする
ものなのだ。ここで言われていることは、「部落差別」を造成している、封建的な差別制度の残存である地域的習俗や因習的な意識を、その根底で分離・解放す
るものだ。つまり、「部落民」という規定は外在的で、社会習俗の共同の幻想の一形態であり、そこへ個を収奪しようとするものということだ。もっと、具体的
にあっさりいうと、例えば、おれと職場の同僚でダチだったジュン坊は、「部落民」などである前に、おれより、ちょっと過保護に育てられた、ひ弱なやつとい
うことだ。そんな彼を苛める者は許せないし、ましてや「部落民」などという差別観念によって疎外することをおれは黙認しない。実際は無力で何もできないか
もしれないが、庇って立つことはできる。これがおれの流儀であり、それがまた友達ということだ。
猫 その吉本隆明の発想の根底には、カール・マルクスの類と個の根源的な弁証法的認識があるとおもうな。
人間の普遍性は実践的にはまさに、(一)直接的生活手段である自然についても、また
(二)彼の生活活動の材料、対象、道具である自然についても、全自然を彼の非有機的肉体とするという、その普遍性のなかにあらわれる。
死は、個人にたいする類の冷酷な勝利のようにみえ、またそれらの統一に矛盾するようにみえる。しかし、特定の個人とは、たんに一つの限定された類的存在
にすぎず、そのようなものとして死ぬべきものである。
(カール・マルクス『経済学と哲学とに かんする手稿』)
むろん、吉本と部落解放同盟とのトラブルの端緒となった、吉本の「三番目の劇まで」というエッセイは、吉本の主著のひとつである『共同幻想論』を踏まえ
たものだ。そこで書かれていることの〈内容〉も、吉本の思想の〈本意〉も全く理解することなく、もともと言語には禁忌(タブー)とすべきものなどないにも
かかわらず、その当時、部落解放同盟の機関紙『解放新聞』(1970年9月25日号)で「吉本はこの文章のなかで、実に十三回も〈特殊部落〉を乱発してい
る」などといい、糾弾キャンペーンを張ったのだ。この党派的な排撃は粉砕されるべきなのだ。その背後にある、政治的意図と時代的背景については、おまえが
触れたことがあるので、ここでは蒸し返さない。長岡義幸の執筆した記事に登場する誰一人として、その問題の所在と真相を理解しているものはいない。それぞ
れにニュアンスや立場の違いはあっても、体制に迎合か、大勢に従属かは知らないが、みんな世俗的通念や時流の波に同調した通俗的な見解にすぎない。発言す
るのなら、わがこととして、じぶんに引き寄せて考えろ。そこからしか、なにも始まりはしないのだ。この態度が、トータルな視点もなしに、その語彙がある
と、「差別につながる」だの「不適切な表現」などと騒ぎたてて襲いかかることを、容認しているのだ。また、そんな条件反射のようなマインド・コントロール
された思考の病理的な意識は問わないとしても、その言語観は、現在の〈法〉支配のもとでの〈実証(記号)主義的〉言語観と通底しているんだ。例えば小説作
品で、何ページ目何行から何行目までに卑猥な表現があるから、この書物は「猥褻文書」であると指定し発禁処分にするのと同じで、不当で反動的なものだ。何
が「猥褻」だ。木の股から生まれた人間がいるなら、お目にかかってみたいものだ。ひとには〈性〉の芽生えもあれば、サカリもつく、それが人間の〈自然性〉
なのだ。ところが、作品の全体性や作者のモチーフなど無視し、作品の〈構成〉という要素も、作品の底を流れる時代の無意識も度外視して、その字句や部分的
な表現で判断するという、およそ文芸というものも、人間の存在構造も理解しない〈機能主義〉的な言語観にすぎない。これが現在の社会をリードする言語理論
だといっていい。そこでいえば、文学作品という言語表現と社会的現実とは無関係なんてことはない。社会的現実の方がより切実で大切だというのなら、なおさ
ら、その〈トータル性〉は尊重されてしかるべきなのだ。
松 まあ、以前はあたりまえのように「外人(ガイジン)」と言ってきたし、ごくふつうに使われていた。それがどうしてかは知らないが、近年「外国
人」と言わないといけないという用語規制が幅をきかせるようになった。それでネットのブログなんかでも「外人」なんて言葉があると、たぶん有害用語の検索
の対象になっていて、図書館などのネットでは「有害」指定を受けて、閲覧できないようになっているんだ。戦前なんか「毛唐」と呼んでいたらしく、それは戦
後も残っていた。もちろん、戦争で敗北した関係もあって、その言葉の意味あいは敵対的侮蔑的なものから、劣等感の裏返しとしての負け犬の遠吠えの意味あい
に転じていたと思うけどね。いずれにしろ「鬼畜」米英や「毛唐」なんて言い方は決して良いとは言えない。しかし、その言葉は歴史的に一般的に使用(流布)
していたものだ。それが時代とともに変わることはいいが、それをわざわざ遡って、〈書き換え〉たり、〈削除〉したり、〈焚書〉にしたりするようなことに
なったら、それこそ歴史の改竄であり、過去の偽造だ。どんな差別的偏見であろうが、誤謬であろうが、あらゆる表現はそのまま残されるべきなのだ。そのうえ
で、それをトータルに批判すべきなのだ。だから、今度のことでも、抗議した個人も、部落解放同盟も、そして、削除した朝日新聞出版も、根本的に間違ってい
る。批判するのなら、一対一(タイマン)で、吉本隆明の思想を全面的に批判すればいい。それができるなら、やったらいいんだ。そうなれば、思想と存在の全
質量をかけた対決となり、有意義なものになるだろう。
猫 そうだ。吉本の『共同幻想論』や『柳田国男論』や「アジア的ということ」などをじぶんの真正面にすえて、さしで取っ組んで、全体的に対象化す
る格闘をやればいい。そうすれば、組織や運動の共同性の陰に隠れて、抗議や難癖をつけることなんか、虚しい行為だと立ちどころにわかるはずだ。長岡の記事
に拠れば、今回のことでも「部落解放同盟中央本部によると、朝日新聞出版には抗議としてではなく、申し入れはしたとのこと」とある。これこそ、部落解放同
盟の歴史的犯罪性を物語るものだ。いつも、最終責任を回避することにおいて一貫しているといっていい。われわれは「申し入れをした」だけであり、削除や回
収という実質処置は出版社の判断であり、それについて、われわれは何も関与していないし、そのことに責任を負う必要はないという、言い逃れの典型だ。この
組織体質は、戦前の部落解放同盟の前身である水平社時代から現在まで変わらないものだ。太平洋戦争において、水平社は戦争翼賛の一翼を担い、戦争推進の尖
兵と化したのは歴史的事実だ。そして、戦後になっても、一度もそのことを自己批判したことはない。現在まで頬被りをつづけている。そんなことは、日本ファ
シズムに強制された過去のことだと強弁するかもしれないが、しかし、「言葉狩り」や差別事件糾弾の過程において、相手を呼び出し、倫理的恫喝を加え、集団
で吊るしあげ、職場から追放したり、自殺へ追いこんだりしてきた事実は、消去することはできはしない。ひどい場合は、家へ右翼の街頭宣伝のように押しか
け、「差別者は許さない」などとがなりたて、脅迫したあげくに「差別者の家」などという立て看板を打ち立てたりした、威圧的暴力やリンチ行為を糊塗するこ
とはできはしないのだ。また、自治体や教育委員会に圧力をかけて、左遷や解雇に追い込んできた。そんな場合でも、われわれは差別について「申し入れした」
だけで、処分を下したのは行政当局であり、その結果についてはなにも関与していないなど、ぬけぬけと言い、口を拭ってきたのだ。この姑息な責任回避こそ、
この運動の本性を語るものだ。そこでは、われわれはそれだけ歴史的に差別され、虐げられてきたなどという自己合理化(ごまかし)は通用しない。そうである
なら、なおさら、そういう人権抑圧や迫害行為は許さないという立場を基本にして、運動を全社会的に開いてゆくことが要請されることは論をまたない。そうで
なければ、隠微な憎悪と報復の応酬の連鎖に陥るだけなのだ。要するに、わしの言いたいことは、やったことには最低限〈責任〉を持て、ということだ。それは
左翼も部落解放同盟も大新聞社も関係ない。それは出版社や図書館に抗議した連中も同様だ。そうでなければ、ますます腐敗していくだけだ。朝日新聞出版も、
削除で一件落着などと思ったら、大間違いだ。おまえらが言論活動に関わるかぎり、本質的な解明と本源的な解決を目指すことは責務なのだ。だいたい、この連
中はすぐに「影響」などというが、そんなもの、主体の位相のすり替えであり、問題の副次性への転嫁にすぎない。
松 おれは夜間高校時代に、いまも部落解放運動をやっている友人に誘われて、「高知部落解放研究会」というのを作った。当時の全共闘運動と連動す
る形で、政治的な闘争にも加わったけれど、仲間といろんな地区をまわって、お年寄りの話を聞いたりした。それで地域の実態が分かったし、地区から学校に
通っている同年代の者とも友達になった。あの頃はおれも撥剌としていたような気がするな。それから、原発燃料最終処分問題でもめた、高知県の東端の東洋町
の誘致反対運動を経て、今はそこの町長になっているホタロウさんと知り合った。彼は当時、狭山差別裁判糾弾を掲げた浦和地裁占拠闘争で逮捕され、仮保釈で
郷里に帰っていたんだ。家に泊まりに行ったこともある。彼は滅茶苦茶な騒動屋の面もあって、おれたちのメンバーがいろいろ悩んでノイローゼになり、病院へ
入院した。ところが、ホタロウさんは唐突に同志を奪還するために、その病院へデモをかけようと言い出した。何を言い出すんだと驚いているうちに、ビラまで
作った。それで、いよいよ実行という前に、いくらなんでもそれはできないでしょう、入院している仲間は、不眠症みたいになっていて、それでじぶんで病院へ
行ったんだから、それはやめましょうといって、なんとか押し止めたこともあったね。やがて彼は大阪へ出て、全国部落研連合の議長になった。その後の軌跡に
ついてはおれが語る必要はないと思う。彼は彼の道を通って、現在は町長だ。
猫 話は一転して、身の上話かよ。
松 おれはじぶんの来歴について、なにも隠すことはないと思ってる。結局、高校を中退して、宿毛湾原油基地反対闘争で現地に入り、漁師の手伝いを
したあと、そこを引き揚げてきた。その時のメンバーの殆どは、おれと一緒で大学を止めたりしたんで、職をさがす必要があった。それでみんなで市役所の清掃
課の試験を受けたんだ。当然、みんな落ちた。しかし、おれは試験願書と実際に試験を受けたときには、住所を転々としていて変わっていた。そこで試験会場
で、合否の連絡住所を告げた。ところが、その伝達がうまく行ってなかったらしく、おれだけ不合格の通知がこなかった。そうしているうちに、市役所の職員が
やってきて、来月から「臨時で採用することになりました」と言った。要するに事務的ミスをカバーするために、実質合格ということになったんだ。清掃課の仕
事はそれまでもアルバイトでやったことがあった。屎尿取りとゴミ収集だ。その両方をやったんだけど、その職場には「部落」の人が多かった。それで仕事仲間
ということで、いろんな人とのつきあいが始まった。これは活動している時よりも、好悪がはっきりしていて、ウマの合わないやつもいれば、人の好い親切な先
輩もいた。ジュン坊も、そのときの同僚だ。彼は清掃車の運転手で、おれは収集係だった。でも、ジュン坊は運転が下手で、一度なんか集めたゴミを焼却炉に捨
てたあと、バックにギアを入れてしまい、車ごと焼却炉に転落したこともあったよ。どんくさいところが、じぶんと似ていて、仲良くなったんだ。それで、彼の
家に誕生日に、妻と二人で招かれたこともある。大きな家で、いっぱいご馳走になった。おれはなんの芸もないんで、酔っ払って岡林信康の「流れ者」を歌った
ら、音痴で聞けたもんじゃなかっただろうけど、うんと喜んでくれた。まあ、その他の人でも世話になった顔は思い浮かぶよ。差別されているから同情するなん
て気持ちは全然なかったし、だいたい、そんな余裕のある立場にもとから居なかったからね。それで対等の関係だと思っていたが、どちらかという面倒見ても
らったのは、こっちの方さ。
猫 そこでいえばな、部落解放同盟の果してきた役割というのは大きいと思う。就職活動の支援や、生活保護のための予算獲得や、地域改良の推進な
ど、どれをとっても、住民にとっては経済的支援につながる重大な貢献だったんじゃないか。
松 それはそうだと思うよ。おれはそういう面での部落解放同盟の運動について、世間で言われているような「同和利権」だの「逆差別」だのといっ
た、つまらない口出しをする気は全くないよ。そんな金銭の絡む事柄は、各都道府県やそれぞれの市町村が予算編成し、行政が決定することだ。そんなの、おれ
なんかの与り知らないことさ。その行政への要求や交渉過程の裏にも、糾弾闘争や「言葉狩り」と同じような運動の暗黒面が伴っているだろうがね。おれはその
後、建築労働者として働いてきたんだけど、その仕事の関係で、いろんな地区の同和対策事業に一現場労働者として関わってきた。その位置から見聞したことや
体験したことで、地区の実際についていえることはいっぱいあるさ。しかし、そんなことは殆ど相対的なことで、あえて言う必要はないと思っているよ。誰であ
ろうが、少しでも生活が豊かになり、いい暮らしをすることは理想の方位だからね。ただ、この「同和対策事業」で、古い集落はどんどん壊されていった。おれ
はそれは基本的にいいことだと思っている。中上健次の描くところの「路地」なんてものは、この段階でほぼ消滅したんだ。
猫 そうだな、〈部落の解体〉をまっこうから描こうとしたのが、中上健次の『地の果て 至上の時』だ。しかし、残念ながら小説としては失敗作だっ
た。でも、ほんとうに「部落」の現実を直視しようとしたのは、作家では『岬』や『紀州』をはじめとする中上健次だけのような気がするな。他のやつのは、ど
こかに共同利害(党派性)が潜在しているような気がするぜ。中上健次は芥川賞を受賞し、作家としての地位を獲得した。その中上がその後、もっとも欲しいと
思ったのは谷崎潤一郎賞だった。谷崎を尊敬していたからだ。それで、作品がその候補にのぼった。しかし、選考委員の一人が中上の受賞に強硬に反対した。そ
れは作品の評価というより、中上の出自を忌避したからだ。むろん、そんなことは利口だから、おくびにも出しはしない。中上はそれをじゅうぶん承知してい
て、口惜しくは思っただろうが、泣き言を言っても始まらない。そうならば、もう実力で突破するしかないと思ったにちがいないぜ。賞なんてものは所詮、世間
的な飾りつけ、あるいは登りの後押しにすぎない、作品の〈価値〉はそれを越えるものだからな。
松 素朴実感主義の観点からいえば、「部落差別」っていうのは、封建時代の身分制を制度的な基盤として培われた差別意識と地域性にあるよね。どこ
そこは「同和地区」だという具合に。だけど、この地域改良によって大きく地域の様相は変容した。また住民の中にも、そこから離れた者も多いね。だから、お
れの昔の職場の同僚でも、新興住宅地に家を購入して、別の所に住んでいる人がかなりいるよ。思わぬ所で偶然会ってびっくりしたことが何度もあった。「お元
気ですか」と声をかけると、「おお、マツオカか。元気にやってるぜ。おまえこそ元気か。あいかわらず痩せてるな、もっと飯食って、体力つけないと駄目だ
ぞ」なんて応えてくれたりしてね。別に逃げ出したわけじゃなく、経済的事情が許せば、快適な場所に引っ越すという、あたりまえのことさ。そうなると、くだ
らない偏見の眼差しなんか届かないからね。おれは、みんながそうすべきなどとは思わないけど、そうしたい人はそうしたらいい。そうなると、もう部落解放同
盟なんか全然、当てにも頼りにもしてないからね。われの生活はわれが守るって感じで。これは〈地域性〉と〈同胞意識〉の拡散というよりも、地縁と血縁との
〈未分化〉という、地域共同体の編成に内在する〈未開性〉の最後の温床に、止めを刺すものだ。これが、いわば「部落」の終焉じゃないのか。
猫 まあな、彼らの経済的水準は決して低くないよな。差別によって虐げられて、貧困にあえいでいる、なんてイメージは過去のものだ。だから、部落
解放同盟も「部落解放」なんていっても、自分たちの地盤にすら通用しなくなったんで、「人権擁護」というふうに表看板を替えたんじゃねえのか。それに、地
区外との婚姻率だって、とうに五〇%を超えているからな。その段階で、地域問題としての「部落問題」は基本的には超克されたといえるぜ。運動主義者や同和
利権にしがみついた連中は、絶対に認めないだろうがな。依然として「部落差別」は根深くある、その偏見と差別に苦しむ人々は大勢いるんだと、言い張るだろ
うがね。そんなの、客観的な統計データを出せば、一目瞭然のはずだ。
松 関係ないよね。おれ、高知部落研で活動していた時、地区の子でかわいい娘がいたよ。おれは馬鹿だから、運動には色恋沙汰はご法度と禁欲的に
思っていたから、そんな女の子から好意を寄せられても、恰好つけ遠ざけていた。でも、後になって思い返すと、「しまった」と、後悔したよ。あのとき、つか
まえていたら、なんてね。よほどの差別主義者や、いまだに家柄だの血筋だのと考えているものは別かもしれないが、この高度資本主義社会で、そんなことにこ
だわる人間は完全に少数派になったんだ。
猫 それが実感だな。だが、地域差はあるからな。吉本隆明が「アジア的ということ」の中で、奈良時代の地域による階層構成の差異を図表化している
んだが、それによると、京都や山城といった当時の中央ほど階層は分化していて、そこから遠隔の地ほど階層は単層化している。例えば、陸奥だと住民の全部が
「平民」だ。だから、現在でも、大阪や京都といった関西地方、つまり、大和朝廷(天皇制)の政治的あるいは宗教的権力の中心に近いところは、階層分化は多
層になっていて、その階層間の対立や反目も根強く残存している気がするぜ。だから、わしらの地元とは多少事情が異なるかもしれないな。まあ、国家が死滅し
ないかぎり、階級支配が存続するように、天皇制が解体しないかぎり、「差別」も消滅しないかもしれないがな。
松 うん。ここで、おれは駄目押しをしておくよ。「特殊部落」という言葉の使用が「差別につながる」なんてことはない。例えば、田中優子の『カム
イ伝講義』には「エタ」とか「非人」とかという言葉はいっぱい出てくる。それに対して、部落解放同盟も人権擁護団体も「差別につながる」とは言いはしな
い。それは、田中優子は反差別の立場に立った大学教授だからいいんだと、この連中は言うかもしれない。しかし、そんな〈立場〉によって、使われた用語を
〈選別〉することはできないことだ。常識的に言ったって、田中優子はよくて、おれは駄目なんてことはないはずだ。たとえ、おれが無知で無学であってもね。
そんなことができると思っているのは、出鱈目な「社会主義リアリズム論」や愚劣な「主題主義」だけだ。それこそ、政治的あるいは社会的な利害に基づく、
〈作為〉の持ち込みであり、不当な越権なのだ。もっと露骨にいえば、「部落」出身者(被差別な身内)は、体験的な被害に根ざしているから、どういう使い方
をしてもよくて、そうでない場合は、たとえ反差別的な志向を持っていようと、「問題がある」とみなしてきたんだ。この恐るべき倒錯と横暴の餌食にされて、
糾弾(吊るし上げ)を受けた詩人もいるのだ。そんなことがほんとうは許されるはずがない。おれは繰り返し言っておく。ある言葉(語彙)を「差別語」などと
決めつける権利は、誰にも、何処にも、与えられていない!
猫 そうだ。『世界の名著』の中の、マリノフスキーの未開社会を研究した古典的著作を「差別につながる不適切な表現」があるなんていって、抗議す
る動きがあったけれど、こうなってくると、もう冗談じゃないぜ。完全に末期的症状だ。日本の『古事記』や『万葉集』や『源氏物語』に、今日の人権意識に照
らして「差別につながる不適切な表現」があれば、その個所を〈書き換え〉たり、〈削除〉したり、〈伏字〉にしたりしてみろ。日本列島の〈文化〉も、人間の
〈歴史〉も、世界の〈文明〉もあった話じゃなくなるぜ。それは〈現在〉に対しても同じなのだ。
壺装束などという姿で、女房の卑しからぬ様子のものや、また尼などの世に背いて出家
したはずのものなども、倒れて転びそうになりながら、見物に出ているのも、いつもなら「なんてことだ、ああ見ぐるしい」とみえるのだが、今日は道理ともお
もわれ、口を歪めて髪を着物のなかに挿し込んだ卑しい者たちが、手をもんで額にあてながら源氏をお見あげしているのも、興ぶかくみられる。みるからにぶざ
まな賤の男まで、じぶんの顔がどうなっているのかも知らないで笑いくずれている。どうしたって、源氏の君が目におとめになるはずもない、つまらぬ受領の女
などさえ、精いっぱいの贅をつくした車などに乗り、とくに念入りに衣裳をえらび、心をこめて化粧したに相違ないのが、さまざまに興趣ある見ものであった。
(『源氏物語』「葵」吉本隆明訳)
『源氏物語』には、こういう侮蔑的な描写はいたるところにあるぜ。この身分差別や閉鎖的な感性による偏見も含めて『源氏物語』は、世界文学の中でも確か
な位置をもつような古典的名作じゃないのか。
松 うん。「華麗なる宮廷絵巻」という俗説を越えて、夜這いや、地位をかさにきたご無体な懸想や、近親相姦まがいの行いでいっぱいだから
ね。それで川原泉のマンガでいけば、『源氏物語』の光源氏の振舞いは、次のような結論になる。
…だから光源氏とゆー人は女の人の迷惑も考えずやみくもに本能のまま行動し知的ブ
レーキのあまり利かない性格か或はブレーキ自体が存在しない質(たち)でありいわゆる「歩く煩悩様」の典型的な例だと思われます。(更科柚子)
…ゆえに光源氏とゆー人は性的衝動の赴くまま他を顧みる事無く自らの欲望を満足させなければ気が済まないミーイズムの人でありこのよーなタイプはさしず
め「性衝動人」と申せましょう。(司城史緒)
…つまり光源氏とゆー人は独りよがりの悩みで周囲の人々を不幸に巻き込むだけでなくさらにその執着心と多情さで不幸を拡大させるとゆー得意技がパターン
化された「増殖ワラジムシ」であると言える。(斎木和音)
(川原泉『笑う大天使(ミカエル)』)
これ、いいよね。たとえおれも、この三人娘も、初歩的な諭しである折口信夫の「日本の創意」を読んだだけで、「なるほど」となるとしても、こういう愉快
なセンスは、すぐにクレームをつける神経症のやつらには皆無だからね。それでじぶんのことは棚上げして、ヒステリックに攻撃する。そんな「人権擁護」とい
う大義名分を掲げた、その実、〈アジア的専制〉あるいは〈ファッショ〉同然の言論規制の動きのせいで、柳田国男の「特殊部落」についての考察なんか全集か
らも除外されて、なかなか読めない。去年、「部落差別をなくする運動」強調旬間に県などの主催する講演会があって、近世史が専門の法政大学教授田中優子が
講演している。その紹介記事が新聞に載っていた。それによると、
「皮革製品を作らせる職人集団を武士階級が囲い込んだことが被差別集団の源泉」とし
た上で、牛馬の死骸を扱う職業への偏見が差別意識を拡大させたとし、「徳川綱吉の生類憐みの令がさらに偏見を広げた可能性がある」と解説した。
また「気付かないうちに百姓と被差別民が憎しみ合うなどの構造が生まれた。現代でも階級や格差など背後に隠れた仕組みが見えにくくなっており、そうした
現実に目を向けなければならない」と指摘した。
(『高知新聞』2009年7月16日記事)
なんか、ものを言う気が失せるよね。この大学の先生に、まず「本気で言っているんですか」と聞かないと、話は始まらないような気がする。こんな立派な先
生を呼んで、こんな気休めの講演で、満足している部落解放同盟高知県連の方々も、立派なものだ。おれも田中教授の『カムイ伝講義』、買って持っているんだ
けど、少し読んだだけで、読む気がしなくなり、そのままにしてある。だから、いまはなにも言わないことにするけど、高校生の時、地区をまわって聞いた古老
の話と何も変わりはしないよ。その方が身に滲んだ体験から出たものだから、ずっと含蓄に富んでいたような気がするけどね。だいたい、この連中は、白土三平
の『カムイ伝』は差別に抗する人々を描いたマンガだからと持ち上げ、他方では平田弘史の『血だるま剣法』を「差別、偏見のマンガ」として、糾弾対象にして
発売禁止・廃棄処分にさせた。平田のマンガだって、差別を憎悪し、異様ともいえる凄まじいパッションを描いた迫力ある作品だ。それはおれからみても、おか
しいと思えるところはあるけど、差別を意図した作品じゃないよ。
猫 こんなもので、二一世紀の日本で啓蒙活動になると思っているんだ。呆れて開いた口が塞がらないぜ。ここは田中優子と同じところに言及した、吉
本隆明の『柳田国男論』からの引用で締め括るのがいちばんだな。
予が見解を以てすれば我国に畜産の盛ならざりし原因は大略左の数点に在るなるべし、
第一には上古肉を食ひ皮を衣るの習慣が十分に盛ならざりしことなり、而して其理由は又気候の温和にして他の衣服の原料も早くより発見され、山禽野獣の肉は
或程度までの需要を充し、魚介も亦豊に植物性の食料はた多かりしことに在るなるべし、第二には仏教の影響なり、此宗教が熱帯の天竺より起り殺生を戒め清浄
淡泊の生活を勧めしことは更に家畜の必要を滅却せしならん、第三には人口の数に比較して利用せらるる土地の面積狭きに失し、農業に動物を使役するの機会少
かりしことなり、第四には肥料として夙に人糞の施用せられしことなり、此第四の原因は或は又前三者の結果なりとも言ふを得べし、兎に角人の排泄物を以て肥
培の用に供せしは久しき以前よりの習慣にして、之を以て西洋に於ける家畜飼養の手段に代へ、自然に養力循環の理法に合せしなり、
(柳田国男『農政学』「総論」 第二章農業の特性並に日本農業の現状)
わたしは日本に牧畜の発達がなかった理由と、牛馬の解体が賤業視されたいわれのない
根拠を、これほどはっきりと説明した例をほかに知らない。柳田は農業経済史家としても、同時期にかんがえられないほどの水準にあった。ここには農が宗教生
活と交錯し、習俗や禁忌と交錯し、部族の差異を閉じた共同体の差異として永続化する契機と交錯し、農の共同体と非農的な職種の共同体とが相互に反撥しつ
つ、禁忌を挿んで対立する契機と交錯する場面が柳田によって潜在的に想定されている。
(吉本隆明『柳田国男論』)
松 〈あなた方は、いったい、どういうふうになれば「部落」の解放だとお考えですか?〉と言わないと、おさまりがつかないね。
(2010・3・11)
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