みえないこえは きこえます

山本かずこ



あぜみちものこっていません。
いえもきえていました。
ありがとう ありがとう たずねてくれてありがとう。
わたしはぐるっとくびをまわす。
ありがとう。
こえは みえません。
ありがとう。
みえないこえは きこえます。
徳島県那賀郡木頭村西宇では
ゆずのきは あたらしいです。
ゆずのきは わたしにもみえます。
けれども ゆずのきは だまったまま。
けいかいしているのかもしれません。
 
こえは八幡神社のほうから とどきます。
ありがとう ありがとう たずねてくれてありがとう。
わたしはおとなようじてんしゃで
じてんしゃのりのけいこをしたことがあります。
そのじてんしゃでは あしがとどきません。
わかったことは、ただひとつ。
みじかいあしが むぼう だということ。
ながいあしより むぼうです。

八幡神社のかみさまは
けれども むぼう を言いません。
「むぼう」をしらないのだとおもいます。
わたしはなんどもころびました。
ひざこぞうもちだらけです。
しらないことは、みえません。
きこえなければ 
在りません。
「みんなのように うちだってじてんしゃにのってみたい。
  すいすいとのって うちだってしょうがっこうにかよってみたい」
八幡神社のけいだいで
ちだらけのあしは 言いません。
父も母も 言いません。
だれも むぼう は言いません。
きこえなければ 
在りません。
 
わたしは きょうもひとり八幡神社です。
あしは むぼう をしりません。
わたしは むぼう をしりません。
みえないこえは きこえます。



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