語学論
素読だけで何ができるか
素読だけで何ができるか 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 6月11日(土)09時21分27秒
私は英検を受けることをしません。リスニング教材を買うこともしません。「磁場」に渡ることもしません。
英検を受けないのは、大学受験の時、試験というものはどういうものかわかってしまったから、その後一切の試験というものを自分から排除しました(運転免許取得時を除く)。大学受験のとき、もう二度と試験なんてものは受けまいと決めたのです。
リスニング教材を買わないのは、英語音の濃度は、普段の生活の中で耳に入ってくる程度のものにとどめておきたいからです。リスニング教材は買わないし、机の上にリスニングなどというものを持ち込まないが、テレビから流れてくる英語は聞くということです。)
「磁場」に渡ることをしないのは、「素読だけで何ができるか」を実験しているからです。この理由は、リスニング教材を買わない理由でもあります。
しかし、これらのことは、私の場合に限定されたことがらであり、生徒さんがどうするかは生徒さんにまかされています。何をどうするかは生徒さんが自分で決めればいいことです。
「何を使って何をどうするか」について、私が生徒さんにつべこべ言ったことはないと思います。私と生徒さんの間にあるのは、英語という言語ですが、「何を使って、英語をどうするか」が英語の練習での問題になります。
「何を使ってもらってもいい」。英検を受ける人は英検の問題集を買うだろうし、単語力が弱い人は、ヴォキャブラリ増強用の本を買うでしょう。それぞれ、自分がやりたいこと、必要に適するものを選んで使ってもらえばいい。
結論を先に言ってしまえば、何を使ってもいいが「原理としての素読を手放すな」ということです。素読を言語学習に使うのであるから、「音作り」も「繰り返し」も手放すことができません。
素読を根幹に据えて、必要な枝は絶対に切るなと言い直してもいいと思います。
素読を根幹に据えることは「日本在住のまま」という条件の元で英語をやる人にとって、普遍性のある方法だと断言したいと思います。他に普遍性などというものがあるわけのものではありません。
どんな教材を使うかよりも、「どう扱うか」の方がずっと重要です。必要に適する教材であれば、素読やそこから派生する「音づくり」「繰り返し」を持続することで、英語のベース(空っぽの電池=種)を持ち続けることができます。
この断言は、「素読だけで何ができるか」という実験を持続したところから出てきたものです。