語学論

読みを「もっとつなげる」

ももこさん
 質問があります。前回のレッスンでは、「つなげて」「もっとつなげて」と言われたんですけど、今日のレッスンでは言われなかったんですよ。それはなぜなのかなと思ったのですが。

根石
 「つなげる」という意識が生徒さんの中にあれば、それでしばらくほうっておくんです。
 今日そのことについて何も言わなかったのは、その意識で練習してくれたせいもあるんじゃないかと思います。

ももこさん
 スピードが無茶苦茶速くなくてもつなげられるんだと思いました。

根石
 人によって違うんですが、ももこさんの場合はつなげて読むことは上手なので、一度つながった文に関しては、音を立体化させる、口をはっきり動かす、強く動かすという方に意識を向けた方がいいと思います。

 「つなげる」ということに関して、私のレッスンでは、テキストの1万行までは「もっとつなげてください」と、ただそれを言うだけなんです。
1万行を越えた人は、私が「もっとつなげてください」と言ってきたそのレベルは実現しているのです。その人に対してさらに「もう一段とつなげてください」と言うわけだから、1万行未満の人に対して言っていることとは違うんです。
 ただ、1万行を越えたあたりの人にも、新しい文に関しては、1万行を越えていない人に対して言うのと同じ意味で「もっとつなげてください」という言い方をすることはあると思います。まだ言いにくいということはありますから。

ももこさん
 なめらかに言いながら音をはっきりさせる、ということに関してなんですが…地震計のグラフに似ているかな、と思ったんです。地震計の針は細かくしっかり振れていますが、目を少し離してみると、波のように見えますよね?ああいう感じなのかなと思ったんです。ひとつひとつのとがった音をしっかりさせながら、なめらかにしていくというのは、そういうことなのかな、と。

根石
 それでいいんですよ。「なめらかに、はっきりと」という二つを両立させるのです。

ももこさん
 まず、はっきりとした音が集合しないとなめらかさが成り立たないということですか…?

根石
 いい加減な音が集合してなめらかな場合はいくらでもあります。はっきりした音だけれども、なめらかでないという場合もいくらでもあります。「なめらかさ」の方から入っても、「はっきりした音」の方から入っても、どっちでもいいと思います。両方そろってできあがりということですね。
 どちらが先でもいいのですが、私の方法は、まずなめらかさを作るという方法です。一度つなげておいてから、後で音の一粒一粒を起こし、立ち上がらせる。

ももこさん
 やっぱり流れの中で音をはっきりさせていかないといけない…。

根石
 そうだと思うんですけどね。その辺は子どもがネイティヴ言語を獲得するのと同じでいいのだと思います。子どもというのは、しゃべっている文の全体をとらえるじゃないですか。細かい音は違っていたりするけれども、全体の調子は見事にとらえている。
 ただ、語学の場合は、耳がとらえたものを口で再現するということではないですね。特に素読を原理とした方法でやる場合は、文字というものがはじめにあります。素読は文字を音にします。ここがネイティヴ言語を獲得している子供と違う点です。けれども、全体の調子や連続性が先にあって、その後に個々の音がはっきりしていく、という順序は、それでいいんじゃないかと思うんです。

ももこさん
 今日特に思ったのは、「つなげる」というのは、スピードじゃないんだな、ということです。今日は「つなげる」ように指摘されなかったことから、そう感じました。もちろん、ある程度のスピードは必要だと思うんですが。

根石
 そうです。「もっとつなげろ、もっとつなげろ」と毎回言っていると、スピードを要求しているようになってしまいますが、要求していることは、スピードではないんです。スピードはあがりますけれども、結果的にスピードがあがるだけの話です。
 要するに音の連続性と音のぶつかりあいを処理した後で、音の粒をはっきりさせていくということです。これはそれぞれお互いに邪魔しますからね。音の連続性は音の粒をはっきりさせるのを邪魔するし、音の粒をはっきりさせようとすると音の連続性が壊れやすくなる。このようにお互いに邪魔しあうものなんです。それを共存させるんです。
 音の連続性や音の立体性のように、お互いに打ち消しあうものを両立させろ、と私が言い始めるのが、早くて1万行を越えたあたりなんです。

ももこさん
 吉さんが掲示板で書かれていたレベルと違う段階で話をされているということですか?

根石
 吉さんは1万行分、人の面倒を見たことがないんですよ。これだけ変わるんだな、だからこういうことが言えるようになるんだな、という具体的なことが、一万行を実際にやらないとわからないんじゃないかと思うんですけれども。

ももこさん
 根石さんは、生徒の下地ができているからこそ、「つなげる」という話をしているんだ、ということですね?

根石
 そうです。「もう一段とつなげてください」の「もう一段と」はそういうことです。
 1万行を越えていない人にも、1万行を越えた人にも、「もっとつなげてください」と同じ言葉で言うことがありますが、まだ1万行台まで片づけていない人には、「もっとつなげてください」と1回言うだけです。
 1万行を越えた人には「もっとつなげてください」と言って、1度つながった後、もう1度「もっとつなげてください」ということをやります。同じ言葉で言っているけれど、要求しているものが違うんです。「もう一段と」というのはそのことなんです。

村田
 吉さんは1万行あたりの人と一緒にレッスンを受けたことがないのですか?

根石
 1万行あたりの人と一緒にレッスンを受けることと、1万行分まで最初から生徒の繰り返しにつきあって、コーチをやるというのは、全然違うことだ。

村田
 ああ。

根石
 生徒が最初から1万行までやる間に、どう変化するのかということと、1万行をやればこれが言えるんだな、ということが具体的にわかるようになる。
 初めて出てきた文に関しては、「つなげる」ということに気をつかわなければいけない文はたくさんあります。けれども、教材の中で何度も何度も出てきた文というのは、「つなげる」ということには気を使わなくてもよくなってきている。そういう文は音の粒をはっきりさせる。音のひとつひとつを立体的にするといい。

ももこさん
 読みなれた文の方が、すごく注意深く読まなければならなくなってきてるな、と思います。

根石
 そういうふうにも言えます。だから読みなれた文は、音の立体化をやればいいと思います。新しく出てきた文では、連続性を作る。連続性ができたら、それをさらに連続させ、音を立体化させる、というふうに使えばいいと思います。これは最終的に融合しますからね。言いなれた文で音を立体化させるということをはっきりやれば、新しい文をやる時にも必ず影響が出てきます。

 一番大事なことは、「イメージ」が動くようにするということです。
 ただ、音の連続性と共に意識の中で動くものというのは、もう、「イメージ」という感じではないですね。「イメージ」よりもはるかに軽いものです。「イメージ」が液体だとすれば、水蒸気みたいに気化してしまっている何かですね。私はそれを「イメージ」という言葉では言えないと思っているんです。小学館文庫「英語どんでんがえしのやっつけ方」では「イデア」と言いました。
 「言いながら書きながら思う」という練習において動かしているのは、明らかに「イメージ」なんです。「言いながら書きながら思う」の三つのうち、「書きながら」のスピードが一番ゆっくりで、そのスピードに合わせるからです。
 「言いながら書きながら思う」の中で、一番速いのは「思う」で、次が「言いながら」、一番遅いのが「書きながら」です。この「書きながら」の遅さをうまく使って、はっきりと「イメージ」するんです。それがしっかりできていないと、「イデア」なんて動かないですから。液体がないのに、どうして気化させることができるんだ、ということです。

 液体(イメージ)を気化させる(イデア化する)力を持っているのが、「切断読み」です。一つ一つの単語に対して「言いながら書きながら思う」をやり、単語を見ればすぐ「イメージ」ができるとか、音を聞けば自分の中に「イメージ」が生じるという状態をしっかり作っておきます。そしてゆっくりと文を切断しながら読んで、「文全体でこういうことを言っている」ということが自分の中に生じるようにします。その時、「イメージ」と「イデア」の中間の状態にあるものを絶えず動かします。まだ「イメージ」に近いものから、より軽くなって「イデア」に近いものまで、いろいろな段階のものを、絶えず動かします。
 「切断読み」では、動いているものが「イメージ」に近ければ近いほど切断されている時間は長くなります。動いているものが「イデア」に近ければ近いほど、切れ目がなくなっていきます。
 「切断読み」をきっちりやると、「イメージ」が「イデア」になっていきます。「イデア」というのは、どういうものなんですか、と言われても、どうにも言いようがないんですけれどね。ただ、文が読みとれていれば、間違いなく「イデア」は動いているんです。
 単語単位でいいですから「言いながら書きながら思う」をしっかりやってもらって「切断読み」をやってもらうのがいいと思います。なめらかに言えるようになった文に対してやってください。
 「切断読み」は、読む途中でひっかかる文や、ブツ切れになる文に対してはやってはいけません。「切断読み」は、音の連続性を壊す読み方です。まず連続性ができているからこそ壊せるのです。できていないものを壊してもしょうがないのです。
 ところが受験生は、音のつながりができていないのに「切断読み」のようなことをやるのです。本当は「切断読み」はわざわざやるものなんですが、ほとんどの受験生は、読む時にどうしても切れてしまいます。

ももこさん
 スラッシュリーディングみたいなものですか?頭から読み下すというような?

根石
 読み下すということで言えば、「切断読み」も、左から右へ読み下します。左から右へしか目を動かさない。途中でわからなくなってしまったら、最初へ戻って、とにかく左から右へ読む。右から左へは読まない。

ももこさん
 段階を踏んでいかなければいけないんですね。

根石
 段階を踏んで、慣れてくれば一度に全部できるようになりますよ。意味がとれなければ読むスピードを落として意味をとる。意味がとれたら、そこからまた、つなげるようにして読む。要するに緩急自在、速くしたり遅くしたり自由自在にできる、というようになります。
 「音を立体化する」「連続させる」という、ふたつの両立しがたいものを両立させた後で、「切断読み」に入ることができるようになります。
 「切断読み」と言っても、緩急自在の段階になれば、ブツブツに切断するのではなく、意味をたどりにくいところでゆっくりになるという読み方で読めるようになります。
 テキストの1万行くらいまで、あるいは2万行くらいまでをやっている人は、段階を追ってやってもらった方がいいのです。それ以後はコツさえつかめば同時にやるのはいくらでもできます。
 7~8語でできている文を口になじませるのに、5回~6回ていねいに言っていれば口に乗ってきて、あとはガンガン連続させても壊れない、というレベルがあります。このくらいになると、はじめの5回~6回を丁寧に読んで、あとはどんどん速めていく、それと同時に、5回~6回読む間に意味がとれてしまっている、というようになる。

ももこさん
 それは今、自分にも起こっています。

根石
 レッスンでは「こういうことをやっておかなければならないんだ」「普通は見落としているけれども、こういうことが必要なんだ」ということをはっきりさせるために段階を追っているだけで、上達してレベルさえ確保すれば、同時にいくつもの事をやるのは、いくらでもできます。それができるようになってもらうためのレッスンなんです。
 いままで言ってきたことは、7~8語の文の話なんですが、15語を越える文になると、上級者でもそう簡単に口に乗ってきません。だから、語学はどこまで行ってもやることがあるんです。
 15語くらいの文が、10回読まないうちに口にどんどん乗ってくるレベルになったら、後は無料で教材を使ってもらっていいと思います。
 その目安として、レッスン前にやる音読を使うことを考えています。
 「ゴースト」と「七年目の浮気」の音読を一通り終わらせた人は、「七年目の浮気」の4ページ分を2カ所、「ゴースト」の4ページ分を1カ所、合計12ページの音読をしてもらいます。これを毎回10分以内で終わらせることができたら、無料の「自立練習のみ」に入ってもらっていいと思います。

ももこさん
 ということは、生徒は全員「ゴースト」と「七年目の浮気」の音読をやるんですか?

根石
 はい、全員「七年目の浮気」までやります。
 「ゴースト」の音読が最後までいった時点で、「ゴースト」の中だけで復習範囲を3カ所作ります。4ページ分を3カ所、合計12ページです。12ページを12分以内で終わらせるレベルを「ゴースト」一冊だけで作ってしまおうと思います。12ページを12分以内でNGを出さずに終わらせるレベルになったら、「七年目の浮気」の音読を始めてもらいます。
 「七年目の浮気」の音読も、「ゴースト」と同じように扱います。「七年目の浮気」の新出の1ページを2人で1回づつ、「ゴースト」から4ページ分を2カ所、合計10ページを音読します。
 「七年目の浮気」の音読が半分くらい終わったら、もしかしたら「ゴースト」はしばらく放っておくかもしれません。その場合は「七年目の浮気」の新出の1ページを2人で1回づつ、「七年目の浮気」の4ページ分を2カ所、合計10ページを音読します。これでNGが出ないレベルになれば「ゴースト」を放っておいても大丈夫だと思います。錆つきはしますが、その錆はすぐに落とせます。

 「ゴースト」から「七年目の浮気」に移る時のことですが、「ゴースト」の12ページ分を12分以内で終わらせることができたら「七年目の浮気」に入るか、それとももう一段階加えて、「ゴースト」の12ページ分を10分以内で終わらせるレベルを実現してから「七年目の浮気」に入るか、それはまだ迷っています。

ももこさん
 「ゴースト」の12ページ分を10分以内で終わらせるレベルを作っておいてから「七年目の浮気」に行った方が、ゆるやかに移れますか?

根石
 ゆるやかになります。それと、12ページ分を10分で終わらせるレベルを設けることで、「七年目の浮気」で12ページ分を10分以内で終わらせるレベルを要求されることが、「ゴースト」を終えた時点でわかっておいてもらうことができます。この辺のことはまだ迷っていますが。
 ともかく、音読の出来ぐあいを見ることで、「イントネーションの自己決定力」を測ることができてしまうと思います。



ももこさん
 私はレッスンの最初の頃は、たとえば「口の両端斜め上」と言われたら、テキストにスマイルマークの口元だけ書いたりしていたんです。

根石
 それは一種の発音記号ですよ。それは発音記号をそのまま使えばいいんですよ。

ももこさん
 最初のうちはスマイルマークだったんですが、最近は発音記号を書くようになりました。だんだん追いつかなくなってきたので。発音記号って便利だなあと思うようになりました。

根石
 発音記号は便利ですよ。

ももこさん
 中学の頃にあれだけ先生に発音記号を確認しなさいと言われたことが、今頃になってわかりました。

根石
 でも、発音記号と実際の音との対応関係を生徒の身体の中に作ってやる中学の先生は滅多にいないですよ。発音記号をしっかり調べろ、というだけで。この発音記号は実際にどうやって口を動かすのかと、具体的に生徒の面倒をみる先生は滅多にいないんです。

ももこさん
 そう、調べろとは言うんです。でも調べても発音の仕方がわからないので、やる気が失せてしまうんですね。
 今は発音記号を活用できるので、やる気が出てくるんですよ。

根石
 具体的な口の動かし方の面倒を見ないで、発音記号を調べろなんて言っても、なんだかなあ、という感じですね。意味がないですよ。

(2010年6月10日)


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