掲示板での生徒さんへのアドバイス

まつさん 投稿者:根石吉久 投稿日:2009年12月25日(金)01時53分22秒

>今回、わずかにアクセルを踏んでみました。
読む速度を少し上げるだけでも口の動きの慌しさは急上昇といった感じです。

 OZさん、まつさんのコンビは、自立練習を一時間ほどやっておられることが進展度からわかります。非常にいい練習方法だと思います。今後もなるべく続けて下さい。
 そろそろ、アクセルを踏んでいただきたいのですが、細心の注意をはらいながら行われることをお願いします。
 大胆に細心に、個々の音と文としての音の連続性を両立させて下さい。その上で、徐々にスピードを獲得されることをお願いします。
 この練習は、「イントネーションの自己決定力」の基盤になります。


気泡と気合 投稿者:江戸の母 投稿日:2009年12月25日(金)12時15分50秒

(略)
先日のレッスンの時のことを書きたいと思います。
知ってる単語が並んでいるので、パッと見て「読める」と思ったんですね。
それでちょっとアクセル踏んでしまったんですけど、
「意味が取れてない!」
これは瞬時に根石さんにばればれでしたね(>_<)
私も、あ、だめだ~って気がつきました。

掲示板に書いていた『二律背反』のこととか、youtubuで聞ける「気泡」のことを
引用して指導してくださって、「おお、まさにこのことか」と、リンクして
嬉しかったです。今自分がどこにいるのかというのがわかると、安心しますね。

でも、日常に英語が必要とされない生活の中で、英語を続けて行くには
それなりの「前向きな気持ち」が無いとな~と感じてしまっています。
わずか半年も習っていないのになんとも堕落した生徒です。

確かに、今までと全然違った発音が出てくるようになったのは感動で
音のすべらかさやリズムを楽しめるのですが、それでいいのかな?
というところで足踏みしています。これぞ空念仏なのでしょうか?

素読で得たことを使ってもう一段階、踏み出したいなと思っています。
そのためには、根石さんがずっと書いておられます
「いいながら書きながら思う」ことと
英語の文献を読むことを、手がかりに、模索中です。
(略)


江戸の母さん  投稿者:根石吉久 投稿日:2009年12月25日(金)14時32分33秒

>わずか半年も習っていないのに

 「気泡」という語で言っている現象にご注目下さい。
 それを追い出す作業がまだ続きます。
 私のレッスンは、最初の3ヶ月くらいで音が劇的に変わりますので、その間は感激していただくことができます。その後は結構退屈になります。その時から、ようやく入門していただくことになります。


ハナさん 投稿者:根石吉久 投稿日:2010年 1月 6日(水)02時29分36秒

>あやふやなままお終いにしてしまった文章が忘れた頃にテキストに再登場してくるので、そのたびにドキっとします。以前はあやふやなままで終わるしかなかったものを今再び取りかかることで自分の中に取り込めるようになると、そこに嬉しさを感じます。

 まだドキっとしますか?
 「あやふや」という語でおっしゃっているのは、音の関連のことでしょうか。イメージや意味の関連のことでしょうか。(文法や構文の理解などは、イメージ・意味関連になります。)

>しかしまだよく呑み込めないものもあります。そんなときは多くの英文に触れる必要性を感じます。今年はその辺りも気合いを入れて頑張りたいなぁと思いました。

 よく呑み込めないものが、必ず呑み込めるようになる時が来ます。それを引き起こせなければ、わざわざ教材を自作した意味がないと思っております。巴里子さんの尻を叩いて、なのか、お互いに尻を叩きあってなのか、どっちにしても「自立練習」を継続なさることをお願い致します。


ハナさん 投稿者:根石吉久 投稿日:2010年 1月 9日(土)03時00分51秒

>>「あやふや」という語でおっしゃっているのは、音の関連のことでしょうか。
 イメージや意味の関連のことでしょうか。(文法や構文の理解などは、イメージ・意味関連になります。)

>イメージや意味の関連があやふやなため、音もあやしくなります。
単語一つ一つの音は発音記号を調べれば大まかに捉えることはできますが、単語と単語の
つながりの関係がつかめないと音の決定がしにくく、その時々で誤魔化しています。(苦笑)

 読むのを聞いていると、「その時々で誤魔化して」いるとはとうてい思えません。とんちんかんなイントネーションで読まれることがありませんから。

>また、意味をのみ込みにくい単語や表現、イメージを思い浮かべにくい言葉もゴーストの中
だけでも結構多くあって、そういうのはいくら音読しても意味のある言葉というより、ただ
の音だけというような感じになってしまいます。

 辞書をひいて、語句を調べ、「言いながら書きながら思う」をやって下さい。辞書の例文を読めば、なんとなく「こういうこと・こんな感じ」というものがつかめると思います。その後で、「言いながら書きながら思う」をやって下さい。特に、眼目になる単語について「言いながら書きながら思う」、その中で特に「書きながら思う」をやって下さい。

>根石さんのテキストでは同じ単語が登場する過去の文章がまとめて何度も出てくるのでそれ
に助けられることが多くあります。あれをゴーストだけでなく、他の読み物からも自分で取
り込むようにしていけばもっと呑み込みやすくなるだろうなぁ、と思うのですが、さぼって
ばかりで努力が追い付かない状態です。(汗)この辺りを今年は頑張りたいと思っています。

 レッスンで扱っている教材は現在1万7千行台ですが、旦那さんと「自立練習」をされることもご検討下さい。お奨めの箇所は、「★」印で検索して、『以上、「ゴースト」文法・語法解析終了』と書いてあるところ以後です。もちろん「他の読み物」を使っていただくのでもいいですが、私の教材は内部で有機的に繋がっていますので、私の教材を使っていただくと効率がいいかと思います。「他の読み物」に関しては、レッスンや「自立練習」で作った力を使って、「楽しみのために読む」のがいいのではないでしょうか。


吉さん 投稿者:根石吉久 投稿日:2010年 1月 8日(金)02時50分12秒

>今やっている根石さんの自作テキストの範囲は、日本語解説文が少なく、
もうほとんど英文(例文)ばかりだけが行間を空けずにつらつら並びますので、
読んだ割には行数が稼げないのかもしれません。

 わかりました。それでは、かたさんがレッスンの初めにやる音読を何分くらいで片付けるかに注目して欲しいと思います。私の手元にある記録では、かたさんは、「七年目の浮気」の新しいページを1ページ分、同じテキストの復習を4ページ分、「ゴースト」の復習を4ページ分やっていたと思います。合計9ページを片付けるのに、何分かかるかを報告に加えていただきたくお願い致します。
 音読の分量としては決して多い分量ではありません。「七年目の浮気」の新しいページが終わり、音読は復習だけやる生徒さんは、「七年目の浮気」の4ページの復習を二箇所、「ゴースト」の4ページの復習を一箇所やります。合計12ページの音読でだいたい10分くらいで終わることを私は要求します。
 「ゴースト」も「七年目の浮気」も音読で平らげ、二冊を復習のみで扱っている生徒さんが二人いますが、かたさんに「自立練習のみ」の課程に進んでもらったのは、かたさんの身分が学生であり、比較的時間が使えることと、私の作った「イメージ核受肉教材」を一番先まで進めていた生徒だったからです。

 かたさんの場合も、合計9ページ分の音読を10分以内で片付けることが大事です。

 私は、かたさんが大学に入ってから、自分で辞書をひき「音作り」をしておくというもっとも基本になる作業をあまりやらなくなったという印象をはっきり持っていました。そのことによって、音読に時間がかかるようになっていました。現在、かたさんは信州大学教育学部全体で英語はトップの位置にいます。かたさんは数学科の学生ですが、将来長野県の「英語の先生になる人たち=英語科の学生たち」よりも力があるということです。しかし、この力のほとんどは大学受験時代に作られたものだと私は考えています。

 かたさんの場合、音読に10分以上かかっているようでしたら、現在の実力に甘んじていることになり、非常にまずいと思います。今後は、進展の行数ではなく、レッスンの初めの音読にどれだけの時間がかかるかに注目し、かかった時間をご報告下さるようお願いします。

 自分で辞書をひき、「音作り」を済ませておくということをやらなければ駄目だとアドバイスし、それが改まったので、「自立練習のみ」の課程に入っても大丈夫だと判断したのでしたが、報告からみる限り、進む行数が少なすぎると思ったのでした。今後は、行数でなく、音読を何分で片付けるかを見ていきたいと思います。

 「ゴースト」を復習範囲として使うことはまだ手放さないで下さい。「ゴースト」がこなれていればいるほど音読で占める時間は少なくなります。わずかな時間で扱えるので、手放さないで下さい。まだ手放していい時期だとは考えられません。吉さんは、磁場帰りの人のため、日本在住のままに英語の練習で扱うものが「熟す」のにどれほど馬鹿らしいほどの繰り返しが必要なのか本当にはわかっておられないのだと思いました。

>かたさんが「自立練習」に移行したタイミングは、悪くないと思っています。
ただ、きっかけが根石さんに「やれ」と言われて移行した「他律」でしたので、
(自発的なものではありませんでしたので、、)
「自立」または「自律(自分を律する)」という意識の切り替えに、
多少の戸惑いがあるのではないかと勝手に想像しております。

 私はかたさんは「自立練習」はやればいくらでもやれると思っています。
 かたさんの現在の実力からすれば、自分で辞書をひき「音作り」をやっておくということが、「自立練習」の「自立」の意味です。私に「自立練習のみ=無料課程」に送り込まれただとかどうだとか、そんなことで「自立」かそうでないかが決まるのではありません。自分で辞書をひき、自分で「音づくり」を済ませておくということが、「自立」を成り立たせるのです。現在のかたさんがそれを自分で確保すれば、「自立練習」です。根石に送り出されたかどうかは関係ありません。かたさんは、今すぐにでも自分で「自立」に切り替えることはできます。それを期待して、「自立練習のみ」の課程に進んでもらったのです。
 自分で辞書をひき「音作り」をやっておくということをやらないのであれば、「自立練習のみ」の課程で練習してもらうことを解消するしかないと考えています。とりわけ、将来、生徒に「練習しろ」というような言葉を言うことになる人(教育学部で教員免許をとる人)が、「自立」の基礎を自分で作れないのでは話になりません。

 本音を言わせてもらえれば、自前で「語学論」を書く人でなければ、英語の教員の資格なんかないのですが、国家はそういう人にも「資格」を与えてしまいます。これが諸悪の根源です。
 そういうことも少しずつかたさんにわかってもらい、「語学論」を書けるようになってもらいたいものだと考えています。そのためにも、かたさんにはこの掲示板に自分の考えをもっと書いてもらいたいものだと思っています。
 かたさんが掲示板を読んでいないようでしたら、まずはきちんと読むことから始めるよう伝えておいて下さい。


ハルさん 投稿者:根石吉久 投稿日:2010年 3月 4日(木)00時42分0秒

>初めての素読舎レッスンは楽しかったようです。

 ひとまずは、これをお聞きできて安心しました。

>上の子は2歳から6歳までプレスクール、アフタースクールと通い、この3年間は幼児英語のデトックスをしてまいりました。 おかげで、当時良かった発音は失いましたが、英語に対する嫌悪感は無くなったようです。

 さしつかえなければ、デトックスというのはどんなところに通われて、どんなことを受けられたのかお教えください。
 それが detoxification のことであるなら、私が長年言い続けた、「幼児英語、効果がないから害もない」はその通りであったことになります。4歳未満を英語漬けにした場合は、この言い方は逆転し、「効果があれば害になる」になります。なぜこれらが日本人の共通認識になっていかないのか不思議でなりません。
 もしかすると、今後、素読舎のレッスンは、幼児英語(英語漬け)の detoxification として使われるようになるかもしれないと懸念しているところです。

>昨日「じゃっぱん!」といきなりなんともいえぬ発音で言ったのを聞いて、「あーここから出発なんだ」と清々しい気分になりました。
 何回か繰り返すうち、変わっていく発音には、「おっ」とびっくりしました。
 来週、また「じゃぱん」に戻っているでしょうが、練習を塗り重ねれば身体が覚えていくのでしょうね。

 これも以前からの持論ですが、幼児や小学生の音のつかまえかたの見事さは、口の筋肉の表層に宿るものです。口のまわりの筋肉の動きは、個別言語によって形成されるものです。日本に日本語の磁場と英語の磁場が併存するなら、幼児にとって、その二つは自然なものであり、日本語による言語音の彫りも、英語による言語音の彫りも、自然に深くなっていきます。(例として、私の友達の家庭などは典型的にそれです。この家庭では、家の外は日本語の磁場、家の中は英語の磁場です。この家庭における母親は、以前素読舎の塾生でしたが、家の中を自然な英語の磁場にするだけの質の英語を駆使します。父親は、オーストリア人で、ネイティヴ言語はドイツ語ですが、まったく自然な英語のシンタックスが身についています。日本で、幼児の英語漬けが害にならないのは、この形だけです。つまり、家の外が日本語の磁場、家の中が英語の磁場という条件がある場合に限り、日本でも自然にバイリンガルが育ちます。)
 この条件がない場合には、子供の「英語漬け」はやってはならないことです。必ず子供に巨大な負担をさせることになり、detoxification が必要になるような事例を作り出してしまうでしょう。特に4歳未満の子供にはやってはならないことです。小学生でも、言語の感覚のすぐれている子供にはやってはならないことです。detoxification が必要になるのは、言語の感覚がすぐれている子供に起こります。
 そして、害が早い時期に顕在化するのは、たちのいいケースです。害が顕在化しないで、中学生以降になって現れた場合に対する対処法は、今の日本には何ひとつないと言っていいと思います。

>さて、子供たちの感想は、笑顔と、手で「グー」でした。

 ほっとしています。

>私のやることは、テキストの拡大コピーぐらいです。
それと、終わった個所にポケモンシールを貼る(下の子はシール作戦レベルで漢文も読むかわいさです)ことでしょうか。(笑)

 拡大コピー等、よろしくお願い致します。


村田さん 投稿者:ハル 投稿日:2010年 3月 9日(火)10時17分48秒

昨日はレッスンありがとうございました。
息子たちは、とても楽しみにしていて、10分前からパソコンの前で「まだかなー」と
待っていました。

つながったらうれしくて、はしゃいでしまいました。ふざけてすみませんでした。

見ていて気付いたのですが、村田さんの声を記憶してしゃべっていて、テキストを見ていないです。だから少し長くなると忘れてリピート出来なくなります。テキストを見ながら言うんですよね。

我が家は全く復習はしませんでした。私からも言いませんでしたし、ただ次回のレッスンを
心待ちにしていました。今はレッスンに慣れてもらおうと思ったので。
今後家で復習をするなら、明らかに変な言い方をした時、私の発音で教えて良いのでしょうか。

そして、自主練習について、できれば村田さんから子供たちに話してもらえると助かります。
「先生が言ったから」だと自主的にするような気がします。

後、テキストの冒頭に「単語を書いてみて」とありますが、書く練習もした方が良いのでしょうか。

慣れないので、すみませんが教えて下さい。

子供たちは、今回も楽しかったと言っていました。ももこさんのお嬢さんのようなしっかりしたコメントはありませんでした。(苦笑)

ハルさん  投稿者:村田晴彦 投稿日:2010年 3月 9日(火)13時25分35秒

感想ありがとうございます。

> つながったらうれしくて、はしゃいでしまいました。ふざけてすみませんでした。

毎回、元気があっていいと思います。


> 見ていて気付いたのですが、村田さんの声を記憶してしゃべっていて、テキストを見ていないです。だから少し長くなると忘れてリピート出来なくなります。テキストを見ながら言うんですよね。

始める前に、こちらから「テキストの○番のところを出して」と言い、出したことを確認してから始めているので、私の方ではテキストを見てやっているものだと思っていました。
テキストを見ながら言うことはとても大切です。「文字に音をかぶせていく」こと、これをやっていかないと、いつまでも自分で読むことができません。長い文が出てくると、文字を見ないとやっていられなくなります。「文字に音をかぶせていく」こと、つまり「読む」練習をしていないと、読むことが苦痛になってくることもあります。
テキストを見ていないということはわかりませんでしたので、書いてもらってよかっです。次回からその点気にしていきます。


> 我が家は全く復習はしませんでした。私からも言いませんでしたし、ただ次回のレッスンを
> 心待ちにしていました。今はレッスンに慣れてもらおうと思ったので。
> 今後家で復習をするなら、明らかに変な言い方をした時、私の発音で教えて良いのでしょうか。
>
> そして、自主練習について、できれば村田さんから子供たちに話してもらえると助かります。
> 「先生が言ったから」だと自主的にするような気がします。

家でやる復習は、自分からやりたいと言うまでは、まわりから言うことはないです。
「次回のレッスンを心待ちにしている」というこの気持ちが大事だし、慣れてくればそのうち自然と口に出して言うようになりますよ。
兄弟だと、いずれ、テキストの例文や解説文を言い合って遊ぶこともあるでしょう。読むこと自体がおもしろくなれば、自分でやるようになります。
今は復習よりも、文字を見て読むことに集中する方が大事です。


>後、テキストの冒頭に「単語を書いてみて」とありますが、書く練習もした方が良いのでしょうか。

書く練習はまだいいです。「通じる音」ですらすらと何度でも繰り返し読めるようになったら、書く練習を始めます。
今はとにかくすらすら読む練習です。

ハルさん、村田君 投稿者:根石吉久 投稿日:2010年 3月 9日(火)14時13分58秒

>> 見ていて気付いたのですが、村田さんの声を記憶してしゃべっていて、テキストを見ていないです。だから少し長くなると忘れてリピート出来なくなります。テキストを見ながら言うんですよね。

>テキストを見ながら言うことはとても大切です。「文字に音をかぶせていく」こと、これをやっていかないと、いつまでも自分で読むことができません。長い文が出てくると、文字を見ないとやっていられなくなります。

 テキストを見ていないについてですが、レッスンを始めたばかりの今の時期は放っておいても大丈夫です。難しい漢字や、アルファベットに目がはねつけられている時期なので、テキストのどの位置を扱っているのかだけわかっていれば、ひとつひとつの字をたどって見ていなくても大丈夫です。音と文字が対応していなくても大丈夫です。

 そのうちに見るようになります。
 レッスン開始後、三ヶ月から半年は字を見ていなくても気にしないで下さい。
 それ以後は、「字を見て」と指示します。


ハルさん。復習について 投稿者:根石吉久 投稿日:2010年 3月 9日(火)14時18分20秒

> そして、自主練習について、できれば村田さんから子供たちに話してもらえると助かります。
> 「先生が言ったから」だと自主的にするような気がします。

 しばらくの間は、予習も復習も必要ありません。
 子供が自分でやりたがってやる場合は、やらせておいて下さい。
 間違って読んでいても、放っておいてもらってけっこうです。



根石さん、村田さん 投稿者:ハル 投稿日:2010年 3月 9日(火)14時37分10秒

わかりました。
とてもスッキリしました。
ありがとうございます。



根石さん 投稿者:村田晴彦 投稿日:2010年 3月 9日(火)23時20分29秒

アドバイスありがとうございました。
最初はとにかくレッスンに慣れていくことが優先ですね。



本当の初期 投稿者:根石吉久 投稿日:2010年 3月 9日(火)23時36分43秒

>テキストを見ていないについてですが、レッスンを始めたばかりの今の時期は放っておいても大丈夫です。難しい漢字や、アルファベットに目がはねつけられている時期なので、テキストのどの位置を扱っているのかだけわかっていれば、ひとつひとつの字をたどって見ていなくても大丈夫です。音と文字が対応していなくても大丈夫です。

 「音を字にかぶせる」というのは、子供が字を見始めてからやることになります。本当の初期には、コーチの言うことを真似て言うだけのことでいい期間があります。
 うちの孫は、谷川俊太郎の「朝のかたち」を塾で素読していますが、村田君は、私が孫に「字を見ていろ」と言ったりするのを聞いているので、ああいう返事になったものと思いますが、うちの孫の場合でも、日本語の素読をやり始めたばかりのときは、字を見ていなくてもおとがめなしでした。少なくとも3ヶ月くらいはおとがめなしだったと思います。
 素読舎のコーチの間で、意見が一致せず申し訳ありませんでした。
 私は村田君にせよ、うちの女房にせよ、やっていることを見て、それは違うと言うことはあっても、自分からこれをこうしろと細かく教えることはしません。教えるなどということをしたら、項目は無数にあり、とうてい扱いきれません。

 わずか数ヶ月で、「音を字にかぶせる」ということが始まりますが、そうか、「音を字にかぶせる」段階以前というものがあったのだと、今日初めて気づきました。こういうことは、自分でやる時はいちいち自分の行動を文節化をしないでやりますので、今回、ハルさんがしてくれたような質問がないと、はっきりと意識されないままでいたはずです。
 その意味で質問がありがたいものでした。今後も質問がありましたら遠慮なくしていただきたくお願い致します。


息子の勘・想 投稿者:ハル 投稿日:2010年 5月17日(月)20時52分12秒

今日もいろいろ失礼しました。(^_^;) 次男ですが、相変わらずテキストは無視です。たまに見ているのかしら。今日は脇で監視いや観察していました。そこでまたまた気付いたのですが、頼りの村田さんの声を聴き逃している時、勘で言っているときがあります。そしてそれが合っています。
何回かありました。後で息子に尋ねたら、「なんとなくね、こうかなーと思って」だそう。
勘ですか!おいおい素読ちゃうやろー。(^_^;)(^_^;)
「あーお腹すいた」今日の息子の勘・想でした。

ハルさん 投稿者:根石吉久 投稿日:2010年 5月18日(火)00時17分10秒

「字をみていない」という問題について。
レッスンを始めてあまり時間がたっていない今は、それで大丈夫です。
半年、あるいは1年くらい経ったら、コーチから、字を見るようにという指示が出ます。


レッスンの感想(2回目) 投稿者:そよ 投稿日:2010年 5月31日(月)05時43分39秒

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from: I'm right here.
To : He says he's holding your hand. の Andy Dillon called......
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注意いただいたところは
・Transferred ti Albany by ten
のtransferredのアクセントと、AlbanyのAl発音
 (この行の読みはエンドレスに感じるくらいの繰り返しでした。)

その他
・前回レッスンと自主練習でBalletとabsolutelyの般若のaを注意されたので、
 自習のときやレッスン中にこの口を注意を気をつけるようにしたところ、
 あれここもあそこもといろいろなところに般若のaがあり、いつもおざなりにしていたことが分かりました(おざなりではなくなおざり?)。また気をつけて口角(ほほ)を持ち上げるようにしていると、だんだん顔が動きやすくなりました。でも意識しないとすぐ忘れてしまいますが。


レッスンの感想に戻りますが、今回は自分のことよりも先生のペアのDさんへのコメントがとても厳しいなとビビッていました。
・もっとつなげるように
・(Dさんがつなげる努力をされると今度は)
 口を小さくしないで、大きく使ってはっきりと

上記が何度も繰り返されていたように思います。
私が口を出すのは大変おこがましいのですが、自立練習のときに申し上げて、
間違っていることを意見するのも良くないと思いこちらにコメントさせていただきます。
(隣でレッスンを聞いていた主人に話したときは、「お前が口出しすることじゃない。必要なら先生がおっしゃるから黙ってろ」と言われたのですが、私はこういうとき伝えたくて仕方がなくなるたちでして、すみません)
Dさん、不愉快な思いをさせてしまいましたら、本当に申し訳ありません。

レッスンを聞いていて思ったのは、
つなげるようにと指摘された後、つなげるのではなく読むスピードを上げているように感じました。
(ちなみに「つなげて」の意味は、単語単語が切れないように読むことだと理解しております。さらには一文としてのリズムをつけること。)

スピードをあげて急ぐあまり、先生がおっしゃる口が小さくなってしまっているように思いました。(私は聞いていて口が小さくなっているとは分からないようなレベルなので、それなのにこんなこと言ってホントすみません)

1単語1単語の発音を最後の1音まで発音されている印象を受けます。
すごく丁寧に発音されるので、見習わないとと思うほどですが、そうするとどうしても1文としてぶつ切りに聞こえてしまうと思います。
最後の1音は口はそのままで、声だけ出さないようにして次の単語の発音に入ると良いのではと思いました。
ただ、どの単語もみなそうとはいえず、私は感覚でそのルールに従っているため、的確な部分を申し上げられずすみません。

例としてはt,d,ingで終わる単語でしょうか。
That's how he got me to go out with him. のgot, outのt
I can't believe I'm doing this. のcan'tのt、doingのg
(ただ、ingのgは発音しないけれど、口が残っているので、次の音を発音するときにくっついて出てくることもあるように思います。)

根石さん、村田さん、諸先輩方、誤っておりましたらご指摘お願いいたします。


そよさん 投稿者:村田晴彦 投稿日:2010年 5月31日(月)22時06分3秒

>1単語1単語の発音を最後の1音まで発音されている印象を受けます。
>すごく丁寧に発音されるので、見習わないとと思うほどですが、そうするとどうしても1文としてぶつ切りに聞こえてしまうと思います。
>最後の1音は口はそのままで、声だけ出さないようにして次の単語の発音に入ると良いのではと思いました。

そよさんの書かれたような発音になるのがいいと思うのですが、まず英語の音を出すための筋肉が鍛えられていないと、かなり難しいことだと思います。
単語単位で音の強弱をつけるのは比較的楽ですが、文の中で一続きになると、途端に難しくなります。
それには英語の音を出すための筋肉をそなえ、鍛えないと、できません。

「つなげる」には、読む速度がはやまることも含みます。
より速く、よりはっきりと読むことによって、英語の音を出す筋肉が鍛えられます。
読みをより加速していくことによって、余計な母音などはいずれ自然と消えていきます(あるいは、指摘されれば直すことができるようになります)。音の強弱が自在になり、自然なリズムが生まれるようになります。


村田さん そよさん 投稿者:吉 投稿日:2010年 6月 1日(火)06時20分17秒

前回のレッスンで根石さんが、「ちよ・きり」生徒さん枠で、
「もっとスピードを上げて!」というのを聞いていました。
昨夜は、僕がコーチをやらせて頂き、レッスン中にいろいろと根石さんに質問させていただきました。

○書きながら想うをやらない生徒さんにも(意味をつかみに行こうとしない生徒さんにも)
この「もっと速く、つなげて読む」をやらせても良いのですか? というようなことです。

根石さんの返事は、「やっているのは語学なんで、音と意味は別個に扱ってかまわないから」と
いうものでした。  あくまでも筋肉を鍛えているんだということに徹しているのだと私は理解しました。
日本語のリズム感を獲得中の小学生などには、これはやらせない、、などのコメントも聞けました。
僕は、根石さんがやっていることはすごくよく理解できたのでした。

しかししかし、、、そよさんが提示されたこともよ~~~くわかるのです。

そよさんは次のようには書いておりませんでしたが、
プレッシャーで気持ちが萎縮してしまう生徒さんも中にはでてくると思うのです。
気持ちがあせり、緊張して萎縮してしまうことで、音に伸びがなくなる生徒さんも
いると思います。 問題は、音のつながりウンヌンではなく、
気持ちに余裕があるかどうか語られているのかもしれないな~と思ったのでした。

ああ、、もう家をでなければ遅刻するギリギリの時間です。
何日かかけて、ぼんやりとこのことについて考えてみたいと思います。

追記: そよさんはじめまして! (^ー^)ノ
書き込みを読んで、そよさんのレベルをなんとな~くですが、想像できました。
レッスンの様子、目に思い浮かぶように詳しく書いてくださってありがとうございます。
これからもよろしくお願いいたします。


もっとつなげる 投稿者:ゆっくり母 投稿日:2010年 6月 1日(火)08時44分2秒

おはようございます。

ゆっくり書くことがなかなかできずにいる今日この頃です。

昨日の朝そよさんの書き込みを読んで、
まるっきり私宛のようじゃないか、あとでお返事しよ、っておもったのですが、
今一生懸命探すのに書き込みを見つけられない私。
なんで???

私も先週のレッスンから根石さんに「もう一段階つなげちゃってください」と指示を頂いてます。
指示を頂いた瞬間、思わずふきだしてしまいました。

自分の筋肉がついていかないのに気持ちだけが先にいっちゃうという自分の状況にふきだしてしまったのですが・・・←笑ってごまかそうとしたのではありませんです。

私の場合、口を開く音から狭い音に変わるときに口がついていかず間延びするのを自覚しています。

ああ、筋肉だ~、って感じます。思っている変化の早さに口周辺の筋肉がついていきません。

そこを意識しながら練習するのが最近楽しいです。

それから話は違いますが、私と相方さんはレッスンが終ったあとすぐ、もう一度スカイプをつないでレッスンでの指示を確認したり、あやふやな発音をお互いに調べたりしています。
これは結構ありがたい時間です。

自分への指示、そのときは夢中で聞き逃していることや、あとから思い出そうとするのに思い出せなかったりしてしまうですが、相手への指示はリラックスして聞いているせいか、よく覚えているもので・・・。

昨日もお互いの苦手なところを確認しあったり、つなげる、ってことについてごく短時間ですがミーティングしました。

相方の存在ってありがたいですね☆



吉さん、村田君 投稿者:根石吉久 投稿日:2010年 6月 1日(火)11時18分10秒

 私は「速く読め」とか「スピードをあげろ」と言うことはありません。
 実は迷ってきて、今も迷っています。
 「もっとつなげて言え」と言います。生徒は、「つなげて」と言われるのと、「スピードをあげて」と言われるのでは、意識のあり方が違うのではないかと考えていて、迷っています。
 「つなげて」と言われた生徒がつなげて言うと、結果的にスピードがあがります。スピードがあがるのは、「結果として」でいい。もしかしたら、「結果として」でなくてはいけないのではないかと考えているのです。
 これは、素読と暗記の違いみたいなものかとも思います。暗記はひたすら覚えようとするのですが、素読では、覚えようとしたわけではないのに、「結果として」覚えてしまったということが起こります。
 素読においては覚えてしまったということは、副産物のようなものです。ところが、この副産物が世の中の成績主義者たちがとても欲しがるものなのです。素読という方法を根本に据えると、成績なんかねらったわけではないのに、「結果として」成績がよくなるということが起こります。
 素読がやっているのは、身体と知識の間に通路をつけるということだけなのです。しかしそれをやると、副産物が生じ、この副産物だけを成績主義者たちは見るのです。しかし、副産物が生じること、成績主義者たちがこの副産物だけを見ること、それがなければ素読舎は生き残れなかったかもしれません。素読舎は、生徒の身体と知識の間に通路を作り続けてきましたが、成績主義者との間の通路はどんどん壊してきました。それが、素読舎が地元から干された根本の理由です。インターネットというものが成立しなかったら、今頃は素読舎はなかったことでしょう。
 結果だけ見ることと、「結果として」ということとはまるで違うことです。

 ところが、私は小学館文庫「英語どんでん返しのやっつけ方」の中では、「回転読み」のことを書いたときに、「スピードをあげる」という言い方をしています。
 「英語どんでん・・」は、独学用に書いたものであり、生徒が「自分が自分に対して」行う方針としては、「スピードをあげる」というとらえ方でもいいと考えています。実際に私も、19歳の独学で、「スピードをあげる」ということと、「つなげる」ということを区別はしませんでした。

 しかし、コーチと生徒の二項がある場合に、「スピードをあげる」という言い方をしたくないというためらいがずっとあります。どんどんつなげればいいんだ、そうすれば、「結果的に」スピードがあがるから、でいいと考えています。これは、私が他人からスピードのことでつべこべ言われることに強い嫌悪があるためだと思います。「つなげて」と言われても腹は立たないが、「スピードをあげて」と言われるとむっとくるのです。
 アメリカ的文明に対する嫌悪と根が同じものかもしれません。


そよさん 投稿者:根石吉久 投稿日:2010年 6月 1日(火)11時42分55秒

 村田君の記事を見て、そよさんの書かれたものをみつけようと思いましたがみつかりませんでした。もしかしたら、削除されてしまったのかもしれません。

 とんちんかんな反応になるのかもしれませんが、話題になっている「つなげて」問題と関係するかもしれません。村田君の記事から推測するに、文という全体における単語の末尾の音が弱音化するということを言われているのかと思います。これは村田君が言う通り、いわゆる「英語口」ができていない人には、コーチが口で説明しても、生徒の口にその場では実現しません。
 「弱音」というものは、口の筋肉が「弱い」からできるものではなく、強い筋肉の余力で生じるものです。筋肉を作っている途中の人に「弱音」を言っても、「結果」を言うことはできても、「過程における方法」を言うことができません。

 これは、素読舎はごく簡単な方針で解決しています。
 教材の1万行くらいまでは、日本人にとってごく普通のつなげ方で読み続けてもらい、1万行を越えたあたりから、コーチが「もう一段とつなげろ」と言い出します。そうすると音と音がぶつかりあい、口の動きが「ほどけてしまう」ということが起こります。この「ほどける」現象を生徒に自覚してもらい、ほどけないようにするには、口の筋肉をはっきり動かすこと、口の筋肉に力を入れることを指示します。1万行というのは、これを指示するための前提になっています。
 1万行を越えたあたりから、「よりなめらかによりはっきりと」の方向へどんどん歩いてしまってよいとも指示します。指示に従ってよく練習すると、英語用に口の筋肉ができてきます。
 現在、素読舎の生徒さんは1万行を越えた人たちが多いので、「つなげて」問題が話題になっています。

 弱音をうんぬんするのは、またその後です。具体的には、2万行以降になるだろうと思っています。また、弱音は筋肉が強くなれば自然にできることが多いとも思っています。


ソボクなギモンですが・・・ 投稿者:ももこ 投稿日:2010年 6月 1日(火)14時20分51秒

つなげる問題真っ只中にいて苦戦中のももこです。
つなげようとすると、勢いがついてなんだかどんどん早口になってしまっています。

ヘンなたとえですが、坂道を駆け足で降りているような感覚で、脚力がついていたりコントロールできればきちんと坂を下りられるんでしょうが、私のようなよちよち歩きだと足がもつれて転んでしまうようなそんな感覚があります。

ちょっとたとえが変わりますが、
上級者コースに行くスキーのゴンドラに乗ってしまって、アタフタしているそんな心境です。

そこで、ソボクなギモンなんですが・・・・
なめらかにつなげようとすると私は早くなってしまいます。
でもゆっくり、なめらかに、つなげるということって出来るのでしょうか?

どなたかご意見、ご指導、アドバイスくださるとうれしいです。よろしくお願いします。


「つなげる」問題 投稿者:村田晴彦 投稿日:2010年 6月 1日(火)16時41分52秒

自分は夜に書きますが、その前に、関係あると思った記事を転載します。


>「気泡」を追い出すことについて 投稿者:村田晴彦 投稿日:2010年 4月13日(火)01時10分47秒
>
>文の読みが切れがちになることを塾長は「気泡」が混ざるという言い方をします。塾長は発音よりもむしろ
>「気泡」を追い出すことが眼目であると言います。「気泡」が残っていると、意味やイメージが意識に伏在
>するパイプを流れるのを阻害するため、音と意味を合体させるための「切断読み」に入れないからです。
>「気泡」を追い出すことは、「回転読み」にもつながっていきます。
>「気泡」を追い出すことに関して、塾長が言っていた比喩を紹介します。
>
>音の連続性を糸にたとえてみる。
>気泡を追い出そうとしないと、糸がたるんで行く方向へ行ってしまう。
>糸が最初たるんでいるのはいいのだが、繰り返し読むうちに、ピンと張って行く方向にいかなければならない。


・音声ファイル
「気泡」を追い出すことについて。
http://www.youtube.com/watch?v=uyDWL7cNqWY


つなげる話題の大元? 投稿者:そよ 投稿日:2010年 6月 1日(火)21時12分39秒

みなさん、こんばんわ。そよです。
削除したはずの投稿にコメントが返ってきており驚いております。
勢いで投稿したため、後悔してすぐに削除したのですが、村田さん、吉さんが拾ってくださったのですね。
根石さん、ゆっくり母さんさんもコメントくださりありがとうございます。
いろいろコメントをいただいて意見が変わったので、それは後でまた投稿したいと思います。
まずはDさんの了承も得られましたので、再度投稿したいと思います。
長文ですみませんが、よろしくお願いいたします。
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レッスンの感想(2回目)2010/5/28
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from: I'm right here.
To : He says he's holding your hand. の Andy Dillon called......
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注意いただいたところは
・transferred to Albany by ten
のtransferredのアクセントと、AlbanyのAl発音
 (この行の読みはエンドレスに感じるくらいの繰り返しでした。)

その他
・前回レッスンと自主練習でBalletとabsolutelyの般若のaを注意されたので、
 自習のときやレッスン中にこの口を注意を気をつけるようにしたところ、
 あれここもあそこもといろいろなところに般若のaがあり、いつもおざなりにしていたことが分かりました(おざなりではなくなおざり?)。また気をつけて口角(ほほ)を持ち上げるようにしていると、だんだん顔が動きやすくなりました。でも意識しないとすぐ忘れてしまいますが。


レッスンの感想に戻りますが、今回は自分のことよりもペアのDさんへの先生のコメントがとても厳しいなとビビッていました。
・もっとつなげるように
・(Dさんがつなげる努力をされると今度は)
 口を小さくしないで、大きく使ってはっきりと

上記が何度も繰り返されていたように思います。
私が口を出すのは大変おこがましいのですが、自立練習のときに申し上げて、
間違っていることを意見するのも良くないと思いこちらにコメントさせていただきます。
(隣でレッスンを聞いていた主人に話したときは、「お前が口出しすることじゃない。必要なら先生がおっしゃるから黙ってろ」と言われたのですが、私はこういうとき伝えたくて仕方がなくなるたちでして、すみません)
Dさん不愉快な思いをさせましたら、本当に申し訳ありません。

レッスンを聞いていて思ったのは、
つなげるようにと指摘された後、つなげるのではなく読むスピードを上げているように感じました。
(ちなみに「つなげて」の意味は、単語単語が切れないように読むことだと理解しております。さらには一文としてのリズムをつけること。)

そのため急ぐあまり、先生がおっしゃる口が小さくなってしまっているように思いました。(私は聞いていて口が小さくなっているとは分からないようなレベルなので、それなのにこんなこと言ってホントすみません)

1単語1単語の発音を最後の1音まで発音されている印象を受けます。
すごく丁寧に発音されるので、見習わないとと思うほどですが、そうするとどうしても1文としてぶつ切りに聞こえてしまうと思います。
最後の1音は口はそのままで、声だけ出さないようにして次の単語の発音に入ると良いのではと思いました。
ただ、どの単語もみなそうとはいえず、私は感覚でそのルールに従っているため、的確な部分を申し上げられずすみません。

例としてはt,d,ingで終わる単語でしょうか?
That's how he got me to go out with him. のgot, outのt
I can't believe I'm doing this. のcan'tのt、doingのg
(ただ、ingのgは発音しないけれど、口が残っているので、次の音を発音するときにくっついて出てくることもあるように思います。)

根石さん、村田さん、諸先輩方、誤っておりましたらご指摘お願いいたします。


「つなげる」 投稿者:村田晴彦 投稿日:2010年 6月 2日(水)05時51分5秒

根石さんが

> 私は「速く読め」とか「スピードをあげろ」と言うことはありません。
> 実は迷ってきて、今も迷っています。
> 「もっとつなげて言え」と言います。生徒は、「つなげて」と言われるのと、「スピードをあげて」と言われるのでは、意識のあり方が違うのではないかと考えていて、迷っています。

と書かれていて、考えさせられました。


私も生徒に「スピードをあげてください」という言い方をしたことはまだありません。と言っても、今まではほとんど子どもの生徒ばかりだったので、「つなげる」問題にかかわる生徒がいなかったというだけのことかともも思いました。
子どもの中にはスピードをあげて読むことがかっこいいみたいな意識がある人が意外と多く(「速くなってしまう」ではなく「とにかく速くする」)、そういう人は速度を出すために口の動きが小さくなっていることが多いので、スピードを遅くしてもらっています。速度をあげるためにつけてしまった変なクセをとったり、まだ備わっていない筋肉の動きの幅をを身につけるために、それができるスピードにしてもらいます。そういう時にどう言っているかというと、「ごにょごにょと聞こえてよくわからない。もっとはっきり読んで。」と言っています。そうすると、速度が落ちるので、それが不満げな子どもには、スピードは勝手にはやまっていくものだからだいじょぶだよ、と言います。
ここで「スピードを落とせ」と言ったら「スピードをあげろ」ということと変わらないかと思いました。


「イメージ核受肉教材」で10000行を越えた生徒さん達に対しても、「スピードをあげてください」と言ったことはありません。
でも、そよさんに対しての返信で、
>「つなげる」には、読む速度がはやまることも含みます。
と書いているので、いずれ「もっと速く」と言ってしまったのかもと思います。
(最初「つなげる」には読む速度が速まること「も」含まれます、と書けばよかったかと思いましたが、生徒さんに対して速度のことを言っているので結局同じことですね。)
コーチのありようとして、よく考えなければいけない点だと思いました。


「つなげて」と言われる人は、ある程度の英語の筋肉を備えてきている人なので、アドバイスされたことを個別に実現できていると思います。
「つなげて」と言われた人はこれまでにアドバイスされてきた発音についての注意、子音の黙音化、not at all などの音のつながりなどを総動員して「つなげて」いくことに集中していくことができると思います。
自分でも「不思議の国のアリス」を読んでいた時、めちゃくちゃ集中して読みましたが、何に集中していたかというと、音についての個別のアドバイスをいかに文というかたまりの中で実現するかということでした。
その時のことから、根石さんが
>糸が最初たるんでいるのはいいのだが、繰り返し読むうちに、ピンと張って行く方向にいかなければならない
と言うのは、納得しています。これは、意識を張り詰めろ、ということだと思っています。
もしも「速く読め」と言われていたら、何か別の強迫観念をどんどん育てていたかもしれないと思います。吉さんが「気持ちに余裕を持つ」と言っているのはこういうことかと思いました。


ももこさん 投稿者:村田晴彦 投稿日:2010年 6月 2日(水)06時50分17秒

私も自然とスピードが速くなりがちで、自分の練習で、口がおいつかなくなる時があります。
そういう時は口の筋肉の動きを強く意識して、口の動きがきちんとできる速さで繰り返し言い続けます。少し言いやすくなったな、と思っても、それでもしばらく我慢して続けます。その後、やれる、と思ったら「つなげる」を意識して練習してみてください。


「つなげて」について 投稿者:そよ 投稿日:2010年 6月 4日(金)07時47分52秒

※またまた長文ですみません。

今回このつなげての話題を出したきっかけは、
根石さんは何度も「もっとつなげて」というだけで、具体的にどうつなげるのかをなぜ説明されないのだろうと思ったからです。(根石さん、浅はかな考えでした。お許しください。)

しかし、「つなげて」のアドバイスには「単語の最後の文字を発音しない」「単語の最後の音と次の単語の初めの音をくっつけて発音する」などその他いろいろな要素があり、これまでのレッスンの中で一つ一つすでにアドバイスがされていた、という前提があることを私が認識していなかったことが分かりました。
「つなげて」はそれらを総動員して、意識しながら口に出し、そのうち意識しなくても口に出てくるようにすることだと理解しました。
また、これらは英語を話す人たちが自然にしているということは、そのほうが話しやすいからそのように変化していったということだと思いますので、やはり何度も何度も口に出しているうちに、身についていくものなのかなとも思いました。

と自分なりに理解したのですが、根石さんのコメント↓を再度呼んでみるとやはり違っているようで、語学を言語化するって難しいものですね。
でもこうやってコメントをいただいていると、根石さんや村田さん、コーチについていけば大丈夫!ととても感じますので、アドバイスをちゃんと聞くって言うのが大切かなと思いました。

> 教材の1万行くらいまでは、日本人にとってごく普通のつなげ方で読み続けてもらい、1万行を越えたあたりから、コーチが「もう一段とつなげろ」と言い出します。そうすると音と音がぶつかりあい、口の動きが「ほどけてしまう」ということが起こります。この「ほどける」現象を生徒に自覚してもらい、ほどけないようにするには、口の筋肉をはっきり動かすこと、口の筋肉に力を入れることを指示します。1万行というのは、これを指示するための前提になっています。
> 1万行を越えたあたりから、「よりなめらかによりはっきりと」の方向へどんどん歩いてしまってよいとも指示します。指示に従ってよく練習すると、英語用に口の筋肉ができてきます。
> 現在、素読舎の生徒さんは1万行を越えた人たちが多いので、「つなげて」問題が話題になっています。
> 弱音をうんぬんするのは、またその後です。具体的には、2万行以降になるだろうと思っています。また、弱音は筋肉が強くなれば自然にできることが多いとも思っています。

ゆっくり母さん
> 自分への指示、そのときは夢中で聞き逃していることや、あとから思い出そうとするのに思い出せなかったりしてしまうですが、相手への指示はリラックスして聞いているせいか、よく覚えているもので・・・。

そのとおりですね。練習後に相手に出ていた指示で印象に残っているのを伝え合うだけでも役に立つと思いました。ほんとペアってありがたいものですね。

村田さん
投稿を拾ってくださり、また何度もご説明ありがとうございます。
> ここで「スピードを落とせ」と言ったら「スピードをあげろ」ということと変わらないかと思いました。

コーチというのは自分の出した指示の出し方ひとつにも意識しなくてはならない大変なお仕事ですね。私も子供に「走っちゃだめ」というと走るし、「走ると転ぶよ」というそのとおりになるので、「歩こうね」というようにしているのを思い出しました。

吉さん
気持ちの余裕というのは、頭にもなかった新しい視点で面白く、また納得できるものでした。ありがとうございます。
掲示板は本当にいろいろな側面から意見を聞けて大変うれしいものですね。
これからもよろしくお願いいたします。

ももこさん
> でもゆっくり、なめらかに、つなげるということって出来るのでしょうか?
ある程度の速度がないと、「気泡」というのは入ってしまうのではと思いました。
ある程度ってどれくらいでしょうね。。。役立たずですみません。


ももこさん 投稿者:根石吉久 投稿日:2010年 6月 7日(月)04時16分15秒

 百姓仕事に体力を使うと、なかなか書けません。しかし、ももこさんの疑問は気になっていました。

>ヘンなたとえですが、坂道を駆け足で降りているような感覚で、脚力がついていたりコントロールできればきちんと坂を下りられるんでしょうが、私のようなよちよち歩きだと足がもつれて転んでしまうようなそんな感覚があります。

 つなげて読もうとするとどんどん読みが速くなってしまう傾向をはっきり自覚されているのであれば、「よりはっきりと・より強く」をやってみて下さい。多分、「もつれる=ほどける」という現象を自覚されると思います。

 ももこさんと江戸の母さんに特によく現れている現象ですが、「つなげる」の方はよくできるが、「もっとつなげる」をやると、「もつれる=ほどける」が現象します。

 これは、コーチの指導はよろしいが(!)(?)、生徒の口の筋肉が弱い場合にそうなります。

 生徒さんに「よりなめらかに、よりはっきりと」とよく言いますが、ももこさんと江戸の母さんは、「よりはっきりと」の方をこころがけて自律練習等をやって下さい。

 いつもより、2割、3割がた、口の動きに多く力を入れて下さい。


根石さんへ 投稿者:吉 投稿日:2010年 6月 7日(月)23時37分11秒
<略>

「つなげる」に関しては、まだ考え中です。
週末に、文章を個々の単語単語に切って速く読むということをやってみました。
例えば文章の中にでてきた grow out of を、 Grow・Out・Of のように、
わざとゴツゴツした感じて読んでみたのです。 言い難いのを我慢して読んでみましたが、
ゴツゴツはゴツゴツのままでした。
(これだと速さに限界があるように感じます。)

そよさんが言うように、具体的なつなげ方を、
例えば grow out of だったら、grouAUtov というひとつの単語のような
音の塊で扱うようなことを、教えた方が良いんじゃないかと思っていたのです。

今日は根石さんから具体的なつなげ方の指導を聴けたので安心しました。


吉さん 投稿者:根石吉久 投稿日:2010年 6月 8日(火)01時32分35秒

>今日は根石さんから具体的なつなげ方の指導を聴けたので安心しました。

 それを最初の1万行くらいを扱う中で、ほぼ四六時中やっています。
 「安心」にとどめ置かないで、具体的に何をどう扱ったかを書いていただけるとありがたく思います。
 急がせませんので。


吉さん 投稿者:根石吉久 投稿日:2010年 6月 8日(火)01時47分26秒

>例えば grow out of だったら、grouAUtov というひとつの単語のような
音の塊で扱うことを、教えた方が良いんじゃないかと思っていたのです。

 そのことを、1万行くらい使ってやっています。

 「つなげろ」とはその1万行をやっている途中でも指示することがありますが、1万行を越えると、「もっとつなげろ」と私は言い出します。

 「もっとつなげろ」は、最初の1万行をやる間に、「音作り」(音の処理法)をひとわたり全部やった生徒に言っているのです。

 ただ単に「つなげろ」と言うだけでは解決しないというのは、最初の1万行でやる「音作り」を無視した言い方です。
 吉さんのやった実験は、「もっとつなげろ」の「素読舎における意味」を無視したものです。単に「つなげる」という言葉にとらわれたものになっています。

>grow out of を、 Grow・Out・Of のように、

 「つなげろ」「もっとつなげろ」は、こんなふうに読むことを要請しているのではありません。逆です。そこから抜けるために必要な混乱を生じさせ、混乱のさなかで、混乱から抜けるための説明が生徒にとって切実なものになるようにすることです。1万行を越えた生徒には、むしろこの混乱とそこから抜けることの切実さが大事なものになります。

 grouAUtov を本当に実現するのは、生徒の混乱のさなかにおいてであることはよくあることです。素読舎にあるのは、先生と優等生の関係ではありません。先生と優等生の関係においては、「混乱」は余計なものですが、素読舎の方法においては、「混乱」は必須のものです。混乱によって、劣等生になっている多くの人がいます。その混乱を、まともな「混乱」に鍛え上げていくのですから、本当にあらゆる人々に向けて開いているのが素読舎です。
 人々は逆だと受け取るらしいですが・・・。

 今日の would not の d と n に関して、上の歯の歯茎の裏に舌を「一度だけつけて両方を発音する」という指示は、キリピーにこれまでこの種の音のぶつかり合いをいろいろな言い方で言ってきたにもかかわらず、いまだ解決しないので、「一度だけつける」という言い方を考案したのでした。それで解決するかどうかは、まだわかりません。「ひとつの単語のような音の塊で扱う」ことも、例えばキリピーならキリピーに対して使ってみて、解決するか解決しないかがはっきりすることです。やってみなければわかりません。というか、もうさんざやったと私は思っています。

 私が考えているのと違う意味なのかもしれないので、コーチをやるなかで、「ひとつの単語のような音の塊で扱う」を実演してみて下さい。歓迎します。

 解決しない生徒には、私は本当に種々様々な言い方で同じ一つのことを言います。それでも、生徒の側の口の動きの絶対量が足りなければ、何をどう言おうと解決しないことが多々あります。特に「弱音」がそうです。

 生徒は、混乱すると口の動きの絶対量が増えます。増えない場合(混乱から抜けることが切実なものにならない場合)は見込みはありません。

>例えば grow out of だったら、grouAUtov というひとつの単語のような
音の塊で扱うことを、教えた方が良いんじゃないかと思っていたのです。

AU が強いことは生徒はつかまえやすいんですが、to(ト)という音が生じること(リエゾン)は説明ですぐにできる生徒もいますし、できない生徒もいます。
「教える」ことで解決するとは考えていません。「教える=説明する」ことはやりますが、生徒の口がそれ以前に(英語(近似)音で)どれだけ動いているか(どれだけの動きの「絶対量」があるか)によって、説明は有効になったり無効になったりします。

 生徒の音がある段階に達したら(目安としてテキストの1万行を越えたあたり)私はわざと音と音をぶつからせます。そうすると言い間違えや「ほどけ」が頻発します。つまり、混乱が生じます。この混乱のさなかで、「つなげること」「安定させること」「さらに一段とつなげること」、その後に、「はっきり言うこと」「筋肉を強く使うこと」「口の筋肉の動きを大きく使うこと」を指示します。


根石さんへ 投稿者:吉 投稿日:2010年 6月 8日(火)21時34分37秒

根石さん 丁寧な解説いつもありがとうございます。
勉強させていただいております。

昨夜の「安心しました」というのは本心でしたが、
この書き方は、ちょっと舌っ足らずだったので補足をしなければいけないな~と思いました。
週末にずっとゴツゴツとした音読をやっていたので、(ひまさえあれば1日中やってましたので)
根石さんのキリピーさんに対するアドバイスに(私自身が)ゴツゴツから解放してもらえて
ホッとしたという気持ちがあのように書かせたのだと思います。

> ただ単に「つなげろ」と言うだけでは解決しないというのは、
> 最初の1万行でやる「音作り」を無視した言い方です。
> 吉さんのやった実験は、「もっとつなげろ」の「素読舎における意味」を
> 無視したものです。単に「つなげる」という言葉にとらわれたものになっています。

はい、、まったくおっしゃるとおりです。 しかし、この実験は自分にとって有意義なものでした。
自分も通ってきた道のはずなのですが、生徒さんがどういうことで困ってしまうのか、
忘れてしまっていることがあるのです。
また、このような読み方を実験したもうひとつの理由は、そよさんが最初に書かれた
文章が頭に残っていたからなんですね。

そよさんの文
・・・・・・・・・・・・
つなげるようにと指摘された後、つなげるのではなく読むスピードを上げているように感じました。
<< 中略 >>
1単語1単語の発音を最後の1音まで発音されている印象を受けます。
すごく丁寧に発音されるので、見習わないとと思うほどですが、
そうするとどうしても1文としてぶつ切りに聞こえてしまうと思います。
・・・・・・・・・・・・

ここを読んで、そよさんが書かれたお相手は、1語1語を丁寧に発音するのだろうと想像したのです。
個々の単語がブロークンにつながって構成された文のフレーズなのだと想像しました。
ロボット読みっていうのかな、、ワレワレ・ハ・チキュウ・ヲ・シンリャク・シニ・キタ

『「もっとつなげろ」の「素読舎における意味」を無視したものです。
単に「つなげる」という言葉にとらわれたものになっています』

はい、、まったく根石さんのおっしゃるとおりなのですが、
単に「つなげる」という言葉面にとらわれる生徒さんもいるのではないのかと(そよさんの書き込みから)想像しました。
まずはそういう段階にいる生徒さんになったつもりで、ゴツゴツ読みを自分でやって、
検証してみる必要があると思いました。

>「つなげろ」「もっとつなげろ」は、こんなふうに読むことを要請しているのではありません。
>逆です。

はい、もちろんです。
後に書かれたそよさんの文章や村田さんの文章も、
この辺りのことを解説してくださっているとも思います。
お二人とも上手にフォローしてくださったと思いました。

>そこから抜けるために必要な混乱を生じさせ、混乱のさなかで、
>混乱から抜けるための説明が生徒にとって切実なものになるようにすることです。

はい、、よくわかりました。
根石さんがここに書かれたことを丁寧に読むと、根石さんがやっておられることがよくわかります。
ようするに「ひとまず混乱してくれ、、」ということなのだと思います。
僕風にいうと「モヤモヤしてくれ」「腑に落ちない状態をつくりだす」って感じだと思います。

>私が考えているのと違う意味なのかもしれないので、コーチをやるなかで、
>「ひとつの単語のような音の塊で扱う」を実演してみて下さい。歓迎します。

わかりました。 同じ意味だとは思っています。
ただ、、実を言うと、僕が難しいと感じているのは、
その生徒さんが根石さんから過去にどの程度の指示をされてきたかわからないことです。
「この生徒さんには、まだそれを伝える段階じゃね~んだ」という思いが根石さんにはあるのかな~とか、
いろいろ考えてしまい、アドバイスを出すのに一瞬のためらいがあります。

また、「ひとつの単語のような音の塊で扱う」というアドバイスは、
「書きながら想う」をやっている生徒さんには、かなりすんなり受け入れてもらえるものですが、
そうでない生徒さんには上手くいかないかもしれません。 (書きながら想うをやっている生徒さんは、
普段から考えながら音読の方もやっているということが理由ってこともあるかもしれませんが、、)
これは、根石さんがおっしゃるとおり、いろいろなアドバイスを試してみるしかありません。

ちょっと話が飛びますが、「書きながら想う(イメージを動かす)」という練習は、
ぜひぜひ多くの生徒さんにやっていただきたい練習です。
これはイントネーションの自己決定のベースになるもので、
素読舎のレッスンを別の意味でもっと深くするものだと思っています。

> 解決しない生徒には、私は本当に種々様々な言い方で同じ一つのことを言います。
> それでも、生徒の側の口の動きの絶対量が足りなければ、何をどう言おうと解決しないことが多々あります。
> 特に「弱音」がそうです。

ここでは、生徒さんの練習不足のことを言われているのだと思いますが、
まだまだ僕の経験値が足りないので「そうなのだろうな~」と想像することしかできません。
クセがついてしまう前に、短文の段階で弱音の処理を教えてしまうわけにはいかないでしょうか?
根石さんは「教える=説明する」では解決しないことがあるとおっしゃいますが、
この辺りは、自分の経験値を上げて、自分自身で納得しないと僕の中で深い理解はありえません。
(長い目で見守ってください)

>AU が強いことは生徒はつかまえやすいんですが、to(ト)という音が生じること(リエゾン)は
>説明ですぐにできる生徒もいますし、できない生徒もいます。
>「教える」ことで解決するとは考えていません。「教える=説明する」ことはやりますが、
>生徒の口がそれ以前に(英語(近似)音で)どれだけ動いているか
>(どれだけの動きの「絶対量」があるか)によって、
>説明は有効になったり無効になったりします。

う~~ん、 普段どれだけ口を動かしているかが大きく影響するのはわかりますが、
生徒さんが自分から音を掴みに行っているか、
コーチの音にひっぱってもらっているだけなのかという差もあるんじゃないでしょうか。
レッスン前に辞書ですべてのアクセント位置と発音記号を確認してから
レッスンにのぞむ人とそうでない人では、成長に開きがあるように感じます。

>生徒は、混乱すると口の動きの絶対量が増えます。
>増えない場合(混乱から抜けることが切実なものにならない場合)は見込みはありません。

う~~~む。
ここはなんだろ、、生徒さんが満足しちゃうレベルを語っているのでしょうか?

「そこまでできなくてもイイや」みたいなところで満足しちゃう生徒さんがいるっていうことですか?
たしかにそういう人はいると思います。
しかし、「見込みがない」と言い切っていいのかどうかは、僕にはわかりません。

こういう生徒さんには、根石さんの「混乱を作る」とは逆行するやり方になるかもしれませんが、
コーチが我慢して「ゆっくり丁寧に繰り返しに付き合う」っていうのは、どうでしょうか?

それぞれの生徒さんごとに、その人の学習テンポっていうのがあったり、
エネルギーの多い人、少ない人っていますよね。
語学の面白さに気づくのに時間のかかる人もいると思うのですが、
ハートに火がつけば、勝手にどんどん燃えてくれると(練習してくれると)思っていますので、
そういう気持ちになるまで、こっちが我慢するってことではダメですか?

>生徒の音がある段階に達したら(目安としてテキストの1万行を越えたあたり)
>私はわざと音と音をぶつからせます。そうすると言い間違えや「ほどけ」が頻発します。
>つまり、混乱が生じます。
>この混乱のさなかで、「つなげること」「安定させること」「さらに一段とつなげること」、
>その後に、「はっきり言うこと」「筋肉を強く使うこと」
>「口の筋肉の動きを大きく使うこと」を指示します。

僕の飲み込みが遅く、歯痒い気持ちにさせているかもしれません。
辛抱強く待ってくださってありがとうございます。
キリさんの短文がすごいよくなったと感じております。
混乱した時のあたえるアドバイスが、
生徒さんに浸透しやすいということなのだと思います。

は~~~、ひさしぶりに書きました。
まだまだ考えるところがあるので、途中経過ということで公開させてください。


ゆっくりつなげる問題 いろいろ 投稿者:ももこ 投稿日:2010年 6月 9日(水)03時46分36秒

そよさん、村田さん、根石さん アドバイスありがとうございます。
口の動きが弱いということが私の目下の課題だということがわかりました。

流れが切れない程度のスピードで口の筋肉を動かすことに集中しつつ、そこで出来た動きが壊れないようにギアアップしたり、限界までスピードを上げて自分の状態をあぶりだしたりしながら少し模索してみようと思います。


吉さんへ
横から失礼します。

吉さんが書かれていた以下の部分ですが

>生徒さんが自分から音を掴みに行っているか、
>コーチの音にひっぱってもらっているだけなのかという差もあるんじゃないでしょうか。
>レッスン前に辞書ですべてのアクセント位置と発音記号を確認してから
>レッスンにのぞむ人とそうでない人では、成長に開きがあるように感じます。

これは根石さんのレッスンだと必然的にやることになります。というのも、レッスンに音読が入るようになってしばらくすると音読がレッスンより先行するから必然的に自分で何とかしないといけなくなるんです。

区切りも、アクセントも、発音記号も自分でチェックしないと音読の規定時間にはいらないばっかりか、音読がいつまでも終わらず、相手の方に迷惑をかけます(それは私ですが^^;)そしてそれが続くと音読がとまってしまうようになっています。私みたいな基本だらけている人間は困ることって大切だなと最近思います。

ということで、自分の不出来をこれからもどんどん書き込んでいこうと思います^^;


ももこさんへ 投稿者:吉 投稿日:2010年 6月 9日(水)21時51分39秒

ももこさん ありがとうございます。

>これは根石さんのレッスンだと必然的にやることになります。
>というのも、レッスンに音読が入るようになってしばらくすると音読がレッスンより
>先行するから必然的に自分で何とかしないといけなくなるんです。

そうなんですよね~。 もちろん、ももこさんのおっしゃることよく分かりますよ。
「基本だらけている」と書かれていますが、ももこさんは、
きちんと準備されているのだろうな~と、想像いたしました。

みなさん、いろんな想いでやっておられるのだと思います。
でもですね、、中には「やらされている感」の強い人もいたりして、
自分から喰いにいってない人もいるでしょう。
レッスン前にちょこちょこっと音読の準備をやってすませる人もいるわけですね。
音読の時間だけうまくやり過ごせればいいや~って気持ちって言いましょうか、、。
あきらかに準備不足な人がいるわけです。

上級者でもアクセントポイントをきちんと調べないで、
自分の思い込みの音で読んだり、
速く読んでごまかしちゃおうという人もいるんですね。

昨年の秋ごろのかたさんの音には、そんな感じの印象を受けたのです。
それで彼女には、「知っている単語でもバカにしないで、
すべての単語の発音とアクセント位置を必ず確認してくださいね」と伝えました。
根石さんからも「辞書引け!」という檄(げき)が飛びましたね。

それから彼女の意識は変わりました。 今の彼女の音は、昨年の秋とは全然違います。
彼女のハートに火がついたというのもあるのでしょうが、
「自分で自分を磨いているのだ」ということに気づいてくださった事が大きいと思っています。

かたさんの名前をだしちゃいましたが、(かたさんゴメンなさい)
何が言いたかったかというと、上級者でもそういう時期って、
(スイッチの入らない時期って)あるんだってことなんですね、、ももこさん。

そしてさらに書きますが、、
かたくなに「やらない」という生徒さんも中にはいるんです。 (やらない、調べない)
これはご本人が本当に「できない」のかもしれませんし、理由はいろいろあると思いますが、
英語は独りになってやるものなのです。
英語は自学自習が基本で、「独りになってやる」というのが、とても大切だと(私は)思っているのです。
基本形は「独りでやる」なんですね。 そのことを、なんとかお伝えしたいと思うのです。

私はそういう生徒さんに対して、
『やっているのは英語を通じた自分磨きなんですね。
少しずつでいいのでコツコツやってください。
私に言われたから「やる」のではなく、
自分で自分に「やろうか?」って声をかけるんですよ。
応援しています。』と、このように声をかけ、ハートに火がつくのを辛抱強く待ちます。

しかし、やらない人は「やらない」のかもしれません。
具体的なやり方に気付けないのかな~とも思い、
先日は、自分の練習を公開しようかとも考えました。

最後に余談ですが、
練習しているようなのですが、音が空回りしてしまう生徒さんもいらっしゃいます。
この生徒さんは、普段も真面目にやっておられるので難しいです。

これは僕の想像ですが、、
どうも、ご自分の中で作り上げた「英語っぽいリズム」っていうものをお持ちで、
自分が作り上げたその音のイメージ(リズム感)で音読をやっているような気がしてならないのです。
こういう生徒さんの存在が私の指導技術を磨いてくれるとも思っているのですが、
こういう生徒さんには、ある一定期間だけ、短文だけの読みこみをやってもらい、
英語の持つリズム感を矯正するのが良いんじゃないかな~と、ボンヤリと考えることがあります。
辞書の発音記号の読み方などを丁寧に説明しながら、、。

ああ、、またなんだかいろいろ書いてしまいました~、、、(>_<) ヒェ~
書かなきゃ良かったな~と後で後悔することもあるんだろうな~と思いつつ、、ポチ(←投稿ボタンを押す音)
ももこさん、、こんな補足でどうでしょう?


巴里子さんの問題 投稿者:根石吉久 投稿日:2010年 7月 6日(火)01時08分5秒

 巴里子さんの読みは、「ベタ読み」とは違うと感じてきましたが、もしかしたら「ベタ読み」なのかもしれないと、ついさっき考えました。
 意味が生じない読みの音ということでは、キリピーと共通しています。
 「ベタ読み」なら私はイラつかないのですが、なぜだか巴里子さんの読みを聞いているとイラつきます。

 「自分からつかみに行く・行かない」という言い方を吉さんはしていたと思いますが、私のイラつきもそれに関連したものです。
 練習の「質」を自分で変えていくという動きがない、あるいはその動きが弱い。それが巴里子さんの問題です。

 多分、あきらめが強すぎるのです。
 私は、お金をもらってレッスンをしています。
 あきらめが強いと、お金をもらうかいがありません。

 巴里子さん、私のレッスンを続けている間は、あきらめるのをあきらめて下さい。



根石さん、 投稿者:巴里子 投稿日:2010年 7月 9日(金)11時05分27秒

 大変申し訳ありません。今日もレッスン休ませていただきます。

 レッスンをあきらめるどころか、やる気満々でボイストレックなど買い込んだばかりです。そんな矢先に、イライラするの発言、落ち込みました。本当の事を指摘されると応えますね。できそこないのガラス細工のハートが欠け落ちて行く心境です。



巴里子さん 投稿者:そよ 投稿日:2010年 7月 9日(金)12時25分16秒

巴里子さんが落ちこんだと仰る根石さんのコメントは、私には巴里子さんへの励まし、叱咤激励に聞こえました。
「自分からつかみに行」ってほしい。練習の「質」を自分から意識して変えて欲しい。あきらめないでレッスンして欲しい。私も巴里子さんことを絶対あきらめないから、と。

ですので、今晩のレッスンは是非参加いただきたいです。
心よりお待ちしております。

※ボイストレックって何でしょう?



巴里子さん、そよさん 投稿者:根石吉久 投稿日:2010年 7月 9日(金)22時06分0秒

>巴里子さんが落ちこんだと仰る根石さんのコメントは、私には巴里子さんへの励まし、叱咤激励に聞こえました。

 それ以外の何でもありません。
 巴里子さんには、「つなげる」「もっとつなげる」「もう一段とつなげる」の矢印を自分で持ってもらいたい。私がそれぞれを言う生徒さんのレベルは違いますが、同じ一つの矢印です。

 ボイストレックというのが何なのか私も知りませんが、そういうものにお金を使うより、今は、矢印を「自分で」持つようになるかどうかが肝心なことです。

 早くレッスンに復帰されることを願っております。
 私が要求しているものの実質を備えてから、ボイストレックでも何でも好きなように使ってもらうといいと思います。
 逃げたら終わりだとお考えいただいていいと思います。



根石さん 投稿者:巴里子 投稿日:2010年 7月16日(金)20時28分26秒

 今月いっぱい、レッスン休ませていただきます。

 よろしくお願いいたします。



巴里子さん 投稿者:根石吉久 投稿日:2010年 7月16日(金)21時29分51秒

承知しました。
「もっとつなげる」「もう一段とつなげる」という方向への矢印を、自分で自分の中に置くことを考えて下さい。
もう自分でどんどんその方向へ歩いてもらっていい段階に来ています。

基礎の型枠を作る仕事(個々の音の扱い)、鉄筋配筋(自然につながるのを待つ)、コンクリートを流し込む作業(もっとつなげる)、などはすべてやってあります。
コンクリート(基礎)の養生をやってください。
「もう一段とつなげる」「口を大きく使う」「口の筋肉に力を入れる」などの作業は、こちらでも指示を出しますが、この3つを同時に成立させようとする生徒自身の意思が最大のポイントです。そのことをよく考えて下さい。
こちらの指示にいちいち従っているのではなく、自分でどんどん歩いてもらっていい段階です。




巴里子さん 投稿者:根石吉久 投稿日:2010年 7月16日(金)23時45分24秒

3つを「自分で」成立させるというのは、音に関しては最終段階です。
その先にあるのが、「切って」読み、意味を呼び込む作業です。

今の時点で意味を呼び込むことはやってもいいのですが、音を作ることの最終段階をきちんとやりとげてもらわないと、話すことも聴き取ることにも至ることはありません。